刑事コロンボ、「いつか」の先をゆく
菊西 夕座
いつかは、いつかやってくる。
だがそのまえに
犯人はいつかを盗んでしまった
いま刑事コロンボがやってきて
わたしにたずねている
「いつかったかね?」
見つかってません。
いや、そうじゃないですよ。その本はいつ買ったか聞いたんです。
まだ買ってません。
それじゃ、借りたのですか
いや、置いてあったんです。
だれが置いたのです
わかりません。
だれか部屋にいれましたか
あなただけです
まいったな、それじゃ私が置いたことになる
置いたのですか?
犯人が置いたという可能性は
なんのために?
いつか返すために
返すったって、もうここにありますよ。
もうお読みになりましたか
まだです。
すぐに読んでごらんなさい
いつか読みますよ。
でも「いつか」は盗まれたはずでは
そうでした。
ほら、さっそく読まないと
でも、どこから読めばいいんです?
いま指でつかんでいるところです
指でつかんでいる?
そう、人差し指をはさみこんでいるページです
いつから指なんか入れただろう?
いつからなんて初めからないんですよ
どういうことです?
あなたは最初から「いつか」が来るのを恐れてページを閉じたんだ
でも、いつか人は死ぬでしょう?
そうじゃあない
死なないのですか?
あなたはその前に私を呼ぶんです
それで?
それで犯人を捕まえてくれというわけです
それでつかまるんですか?
あなたの指がもうつかまえてますよ
ここに犯人が挟まっているんですか?
そうです
それじゃあここに「いつか」があるんですか?
そんなものがあるとすればね
だったらこれは開きたくない。
どうしてです
死んでしまうかもしれない。
でも「いつか」なんでしょう
その「いつか」がここにあるのでしょう?
そんなものがあるとすればですよ
まだいつか、あの人と結ばれたいと思っているのに。
それじゃあまだ死ねませんね
だからこのページを開くことはできない。
だったらその先を開けばいい
なんだって?
「いつか」を先回りしちまえばいいんですよ
そんなことができるんですか?
簡単でしょう、それは
どうして?
どうしてって、そこを飛ばしちまえばいいんですよ
先になにが書いてあるんです?
知りませんけど、私だったら何か書かれるまえに書き換えちまいますね
どういうふうに?
あの人のためにコトを運んだら無事に結ばれたとかなんとか
そんなばかな?
ばかなって、それが望みでしょう?
そんな簡単にいくわけない。
どうしてです
まだなにも話してないんだから。
だから先に転がしておくんですよ
どうやって?
さっきも言ったように、そういう筋になるように
そんなにうまく転ぶんだろうか?
コロンボですとも
ここに書けば願いが叶うのかい?
叶うかどうかは知りませんよ
しかし、叶わなければ意味がない。
どうして
それが望みだから
だから望みが叶うようにあらかじめ細工しておけばいい
細工とは?
先取りですよ
未来がそうなるように?
未来がそうくるまえに
ページを開いて書くと?
ページかイメージをまとめておくのです
まとめるのは難しい。
あるいはそういうふうに読み取るのです
そういうふうに書かれてあると?
そうです
なら読む必要なんかない。
どうして
そうしたいと望めばよいだけだから。
じゃあ、そうしてください
そうするとも。
だが、いちおう確認しておいたほうがよろしいかと
わざわざ?
わざわざ私を呼んだんですから
それもそうだ。
さあ、その先をめくってみせてください
その前にあなたに書いてもらおう。
なんて
いつかは死なないし、すぐにあの人と結ばれると。
もう書いておきましたよ
冗談を。
だって私がその本を置いたのですから。
ばかな。
ばかなって、あなたが私を呼んだのはそのためでしょう
全部でたらめだ。
だったらページを開いてごらんなさい
開いてやるとも。
その指でつかんでいるその先ですよ
ここでいいや。
なんて書いてありますか?
「いつかのコロンボをお返しします」
返してくれてありがとう、帰ります
なんだこれは?
いつか分かりますよ