或る人の肖像
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki

Sさんと云ふ人がゐて
その界隈では著名であつたが
同時に追放されんとしてゐる人なのであつた
酒の席で長廣舌をぶつ- 文學を語るのだが
それは彼の立派な學歴が物語る如くに
何処かで聞いた事のある
詰まらぬ論考なのである

皆惚れぼれと聞くやうな振りをして
實は辟易としてゐたのだ

当夜も彼の獨壇場なのだつた
「新しいところが一つもないよ、彼の説には」
憤慨した友だちが云つてゐる
僕は口では
「まあまあ」と宥めたのだが
心の奥では
アンナ奴早クイナクナツチマヘ
さう思つてゐた

結局論じたつて駄目なのだ
詩ウタはなくては詩人は
論ずる事の行き詰まりは
嘯くに似るだけだ

だがこれが危険な唱じ方であるのも
僕は理解してゐた
自分だつてつひ
何か自分が知つてゐると思ふジャンルについて
得々と語り込みたくなる
衝動は持つてゐる
論が詩であると云ふ藝は
甚だ難しい藝なのだ

美しければその論は救はれるんだらうな
僕は獨りごちた
せめて彼の論に美を!
然し神は彼を救濟はしなかつた

論難する者の出現である
初めて彼の説に異を唱へる人があり
それに對するSさんの言葉は
拙きに終始した
「ざまあみろ」先の友が溜飲を下げると
僕はまた
「まああんなこともあるさ」
全く擁護になつてゐない擁護で

Sさんの終はりを語つたのだつた
彼に足りないのはとりわけ現在イマの詩なのだ と
僕は特記しておかう
と思ふ 麻痺狀態を拔け出 感覺を界隈の
人びとが取り戻す前に、だ

かやうに魁の精神とは
大事な物なのだ と

#詩


自由詩 或る人の肖像 Copyright 川崎都市狼 Toshiro Kawasaki 2025-01-26 10:26:01
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