古井由吉『招魂としての表現』讀後
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
今日、命日つて事はないよね?
私は追悼文を書きたいんぢやないからね
『杳子・妻隠』を讀んだ時には
はゝあ、当時の文藝批評家たちが
新しいタイプの小説家が、つひに!
と総立ちになつたのも無理はないな
さう思つた
内向の世代が傳家の寶刀を拔いた譯で
この内向の世代つて云ふのは
戦時の記憶を断ち切り
またスタイルとしての「私小説」のくびきから解き放たれ
全くそれ迄では考へられなかつた「自己規定」を作り出した
一連の作家たちの総稱
そして今、私がしてゐるのは
故・古井由吉氏の話だ
氏は、一言で云へば(眞實マコトのところ)
含羞の人
であつた
だがそれぢやあ常套句つぽいから
苦蟲の人
と云ひ直してもいゝ
心の何処かで、苦蟲を嚙み潰してゐる人
の意で
私は彼を「規定」する
躊躇、振り返り、意識的な意識の牛歩戦術のごつた煮の煮込み方を
氏は獨文學の學徒であつた頃
ロベルト・ムージルから摑み獲つた
ムージルなんて難解過ぎて 他の教授連オエライセンセイガタには分からなかつたのだ
そんな存在を日本文學の俎板に載せたのが
古井氏の初期の作品だつたと思ふ
だから氏は一人の「泰斗」つまり一人の月給取りの職を辞し
小説家と云ふやくざな稼業に
一歩(偉大な一歩だ!)踏み出しす事が出來たのだらう
靈感と云ふものがある散文家だつた
これは詩人たちの専賣特許だつたかも知れない
そこで私が思ひ出すのが
「男の子は自分のファンぢやないと」なる
ビートたけしさんの何氣ない發言
たけしさんは北野武と名乘る映画監督でもあつたけれども
私は彼の映画の(正直)良き鑑賞者である譯ではない
例のキタノ・ブルーと云ふ歐米の評論家たちの誉め言葉も
「あれは偶然キャメラが捉へたもんだよー」と
逃げてしまひたい
だがこの「男の子」を
「詩人」と置き換へてみれば、だうか
だつて女性詩人の諸姉は
みんな男の子になりたいんでしよ?
だから詩人は自分のファンでゐないと と
誤解を恐れずに、云はせて貰ふ
古井氏とたけしさんは共に東京のごみごみした處で育つたが
他の共通項は知らない
然し古井氏は決定的に詩人で
自分のファンでいやうか、いまいか
それは許された事なのか
さう云ふ境地(他の小説家には私はこの表現は使はない)
に
遊んだ人であつた
だからこんなに
天才的な思考能力を持つてゐたのに
それを發揮するのに優柔不断とも見受けられる
態度を取つた-
はつきりやればたけし流の天才なのだ
ごによごによ口ごもれば
古井由吉なのだ
結局は古井氏の追随者は出て來なかつた
自分の中の詩人を苦蟲と見て
奥齒で嚙み潰してしまつた
一人の作家の物語である
#詩