血の動乱
ホロウ・シカエルボク
傾げた頭の中で喀血する自我、途方も無い明滅の中で見る闇の圧倒的な密度、発電機の唸りのようなわだかまりが反響する時、鋭角な四隅の中心で巻き起こる直感の渦、俺は時々肉体の存在を忘れる、気がふれるほど反復してきたイマジネーションの濃度のせいで…それは俺を一人にもするし百人にもする、そいつらのすべてが喧しく主張をする、そこから愉快なものだけをピック・アップして並べ上げる、そしてまた彼らは生まれ続ける、死んでいくものたちも居る、そのほとんどは十代や二十代の記憶を持つものたちだ、俺は他の人間ほどそれを持っていたとは思わないが、若く、無知だからこその突進力や思い込みの激しさ、そういうものの残滓を多く抱えている連中の多くが死んでいった、彼らは死ぬときになにも残さない、そもそもが思想の中の生きものだから、死体すら残らない、俺がそんな死の数々を感知することはほとんどと言って無いが、ごくたまに、ありありとその死を意識させるものも居る、思うにきっと、当時の俺が余程大事に抱えていたものをそいつは持っていたのだろう…俺はそれを惜しいとは思わない、忘れてしまっているということは、すでに自分にとって意味を持たなくなってしまったものだからだ、若い頃の輝きを懐かしく思い、焦がれ続けているような人間に会うことがある、でも俺は若いということを美しいとは思えなかった、気持ちしか持ち合わせがなく、混沌に戸惑ってばかりで、正しく抗う術も持たない、能書きは一流だが、それを具現化出来るほどの能力も無い、ひとつことわっておくけれど、俺は自分がその只中に居る時から若さというものをそう捉えていたよ、そう、自分自身が若いことを否定していたんだ、そのことで多少損をしたこともあったかもしれないけれどね、でもさ、何を選択したところでそれに見合う得と損というのはあるものだ、選んだ道を肯定することには何の意味も無い、だって結局はそこから何処かに辿り着くかどうかは自分次第なんだから…いつからか俺は闇を恐ろしいと思わなくなった、むしろどこか懐かしいとさえ感じるようになった、それがどうしてなのかはわからない、だけど、それは俺がある程度書きたいものを書きたいように書けるようになってからだったような気がする、闇の中で考え事をしてはならない、必ず悪い考えになるから―そんな言葉がある、でもそんなのは、ただ闇に惑わされているというだけのことだ、地に足のついた思考は環境によって矛先を変えたりはしない、どんな場所に居ようと、必ず何かを掴む為に稼働する、そんな風に思えないのなら、いっそ考えることなど捨ててしまえばいい、何を選択したところでそれに見合う得と損というのはあるものだ、その先に何があるかって?さあ、知らない、だって俺は、思考することを諦めたことは無いからね、なんせ生まれてこのかた、たいして頭を使わずに生きて来た人間の面ばかり見続けて来たからね、彼らの仲間に入るのだけは御免だねっていつだって思ってるんだ、人は生まれた時光を見るのかもしれない、でも、その瞬間まではずっと、闇の中でじっとしているじゃないか、物事の側面だけを見て、すべてをわかった気になってはいけない、たったひとつの要素だけで構成される事実などどこにもありはしないのだ…俺の欲しいものはいつだって血に塗れていた、そのぬるぬるとした手触りが、温度が、俺自身の生命と最も深いリンクを繋ぐことが出来た、つまりそれが、俺自身が思考し続け、書き続けていることの答えなのだ、答えが出ることは良く無いことだというやつも居る、大事なのは答えを求め続ける過程なのだと、それはもちろん一理あるし、俺自身もそういう論調で書いたこともあるけれど、だけど、イコール終点という意味のみではないはずさ、それはあくまで現時点としての答えであり、それはつまり、次へ行くための過程だということだ、必ず通過しなければならない地点―チェックポイントのようなものと言えばイメージし易いだろうか?要するにさ…答えそのものに重きを置くのは良くない、って話なのさ、それは確信であっても参考資料程度に留めておかなければならない、それにこだわり過ぎると本当に終点になりかねないぜ、闇の中で目を開け、そこで捕らえる景色はもしかしたら視覚の範疇ではないかもしれない、けれど、その先にあるものを見つめているのはやはりふたつの眼球なんだよ、すべてに通ずるドアを開け、手当たり次第に全部だ、必要なものはいつまでもそのまま開いているし、要らないものは知らない間に閉じて二度と開くことが出来ないように施錠されるだろう、闇の中で、開いたドアの前で、なにを考えるのか―うんざりするほど長いゲームの、先が見えないシナリオだ、フローチャートを探すのは止めて、思うがままに動き続けていれば、その本質はいつか肉体に溶け込んで語りかけて来るだろう、その時俺は歓喜の叫び声を上げて、今まで見たことも無い一行を書き始めるのさ。