受難曲
栗栖真理亜

バッハはキリストが復活するまでの受難を描くことで
困難を乗り越える希望を描こうとした
後々の人々もお互いの違いを乗り越え
声を合わせて彼の曲を歌い継いできた
長い年月を経てどれだけの人々が流してきただろう
苦渋に満ちながらも輝かしい汗と涙を

昨今の指導者は少しでも気に食わなければ
指揮棒を振り振り嘲りながら
頭ごなしにお前らメゾソプラノは厄介だから歌うなと怒鳴りつけるらしい
お前らの努力する姿などいらぬと

毎週二日休みなく出席して疲労も厭わずに練習ばかりに明け暮れた
自宅でも暇さえあれば朝から晩まで楽曲のCDをかけて歌いまくった
今まで触れたことすらないドイツ語も必死に覚えようとした
ヨハネ受難曲の最大のテーマであるキリストの受難を知るために
カトリック教会のミサに潜り込んで神父様の説教も聴いた
しかしそれもこれも市民合唱団にとっては無駄なことらしい
お互いの違いも乗り越え
団員同士結束を固めて声を合わせ
困難を共に乗り越えて希望を歌い継ぐことが可能ではなくなってしまった

体の力が抜けていく
今まで張り詰めていた緊張とやる気が嘘のように萎んでゆく
YouTubeで聞き直した練習風景もいつもの和やかな笑い声は消えて
微妙に調子っぱずれていてそのくせ自信ありげに誇張された
指導者のテノールばかりが高らかに鳴り響いていた


自由詩 受難曲 Copyright 栗栖真理亜 2025-01-19 02:02:36
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