童貞
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
関東平野には一月現在
何か欠けてゐるものがある
僕は髙校入試の合格發表の日
初春だと云ふのに
いや春だからこそのどか雪に
足を取られた事を思ひ出す
さう、雪
雪がまだなのだ
その日僕は母がなけなしだと打ち明けたカネで
買つてくれた通學用の革靴を
一足駄目にした
それ迄 中學生時分は
オレンヂ色のコンバースで通した
今考へると(ハイカットだつたし)レアカラーで
随分洒落たブツを履いてゐたんだなあとか
履き潰してしまつたのが惜しまれるとか…
体育教官は僕を
「おい、オレンヂ」と靴の色で呼んだ
何だか僕とその教官が
上手く宜しくやつてゐたやうなetc.etc.
そんな記憶がある
僕の少年時代はオレンヂ色に染まる
暖色なので温かい追想であればよいのだが
實際は薄ら凍ゑる短パン姿の
僕しか思ひ浮かばなくて
ギャップに苦しむ
僕は或る女の子に
「白樺」と命名された
足のね、雰囲氣なのよ
寒々しい話だ 僕はそれぐらゐ痩せつこけ
少年だつた
つまり童貞だつた
#詩