かさなる坂には逆らえない
菊西 夕座
坂の最後に名が落ちていたら
さかなにあげてください
と坂が頭をあげて願いでた
ひとに頼むなら頭を下げろ
と坂をふんであがっていくと
坂が途中から逆立ちをして
先に下げておくべきでした
とへりくだってきたものだから
坂をおりきったところで
落ちていた名は傘だった
さかさにしなくてもよい
と坂をなだめて上っていくと
なを坂にすることをゆるせば
なお坂をいかねばならないと
どこまでも坂がなおつづいた
あまりにもさかのぼりすぎると
いつのまにか時の坂をくだり
猿だった時をへて魚にまでなり
そこでようやく名をあたえると
逆波がうねりを起こして坂になり
まっ坂さまが頭をあげて礼をいうから
ひとに礼をするなら頭を下げろ
と坂をふんであがっていけば
坂の最後尾で坂が尾行していた
まるで魚がべつの魚の
尾びれをくわえるように
そしてひとつの尾びれから
べつの背びれにかけて
またひとつの坂が生まれるように
――そこで詩と暮らしは出会い
そのさかいめで眉をひそめる妻から
なにをしているのかと問われれば
カサカサと逃げだすトカゲそっくり
作家まがいの詩作モードをひたかくし
振り返ってなにもしてないとこたえ
あやしむ妻の視線に尾行されながら
暮らしの足しにもならない詩を追って
道につまずき擦過傷をかさねては
それでもこの坂道こそが生きる証と
心電図の波線よろしく大ブレしていく