天国は展開の極意
菊西 夕座

――私はきいてゐる、さう! たしかに
  私は きいてゐる その影の うたつてゐるのを……
                立原道造「真冬のかたみに・・・・」

――耳をひたした沈黙(しじま)のなかに
  なんと優しい笑ひ声だ!
                立原道造「鳥啼くときに」

――蝋燭の場所を変えた。指の影は別の側へ行って反対にうつった。
  しかし、鋭い爪のついた指は元のところにとどまって、
  オニュフリユスの駒を動かし、彼を負けさせるすべての方法を使った。
                テオフィル・ゴーチエ「オニュフリユス」



立原道造くんの詩から泳ぎでるタッチ・ミー君の影はあかるく
鳴門海峡のように忙しく波だつ肩には笑いの襞がよせては返し
梅のほころぶ枝を咥えたムクドリが足しげく肩に降りてくると
愉快な波がおこるたびに白い花びらを左右にふりまいて啼いた

清冽な至純の陽がさしてくるのも決まって波うつ肩の先からで
胸にあまえる幼い道造くんの恋人は曙光にふれたいと袖をひき
水平にのばした腕にぴったりよりそいながら海峡の沖へ導かせ
五叉路がはばむ最果ての地平にその指をからめて愛を握らせた

陽がかたむくころにはタッチ・ミー君の影は逆側にのびて沈み
手渡されることのなかった愛情に五叉路が空っぽにひらかれて
花も鳥も色も 影のなかにしかつかめないことを知るころには
しずかな慟哭が談笑のかわりにうち寄せて詩人の肩を揺らした

ときに人生がひとを狂わせて不慮の惨劇で肉体をこまぎれにし
痛ましいだけの酷い残骸に結実させて永遠の絶海に漂わせても
人がひとのために開くてのひらこそが粉微塵をつつむ黄泉の道
天界は空になく、夢になく、重ね合う鼓動の誓いの余波にある

今しも開かれるてのひらから暁の光線が五つ又にわかれて注ぎ
咲くことも叶わずに倒れた枯木の先端に純白のわかれ歌をそえ
ムクドリに運ばせて震えやまない詩人の肩にそっと埋葬すると
垂直におちた腕をあたためながら愛する人の声が胸によせ帰る






自由詩 天国は展開の極意 Copyright 菊西 夕座 2025-01-03 11:15:07
notebook Home 戻る