秋磯のアングラー
atsuchan69
夜明けの海が磯際を洗っていた
スプニングリールに巻いた
ナイロンの道糸を
仕掛けの糸(ハリス)と直結するのに
結び方を選んだりはしなかった
一応、ストロングノットも知っているが、
トリプルサージェントが定番だ
突然やって来るチャンスを
確実なものにするために
すべての動作が機敏でなければならず、
仕掛けも単純で
ミスのない方法を選ぶ必要がある
トリプルサージェントなら
最速で結べた
しかも強度については
ハンマーヘッドシャークの引きにも耐えた
迷いはいらない、
この結び方で十分だ
竿はがまかつのアテンダー
リールは低価格な上に
ギアが強靭なシマノセドナ17、
これもボク流のこだわりで
高価な特殊合金のリールは必要なく、
レバーブレーキもいらない
セドナは初心者でも使える名機だった
撒き餌は黒いバッカンに用意されている
船に乗る前に冷凍のオキアミブロック二枚を潰し、
集魚材を一袋入れて渡船屋のスコップで混ぜた
硬く凍った挿餌が融けるまで、
撒き餌のオキアミを一匹、
大きめのグレ針に背掛けで刺す
竿を振り、沖向きのサラシの先に仕掛けを投入した
秋磯はサカナの活性が高く、
撒き餌を打ったとたん、
突然、鋭い歯の尾長グレが喰ってくることがある
小針だと飲み込んで糸を切られてしまうから、
少し大きめのグレ針や、真鯛針を使う
案の定、蛍光色の紅いウキが
ギューンと海中に素早く沈むと同時に、
竿が引ったくられるように曲がり、
ガツン! という強烈な衝撃が腕に伝わった
キューンと糸が鳴り、竿がずっしり重い
底を切り、ゆっくり竿を立てる
糸を巻くのは底へ潜るサカナを止めてからだ
しかし、がまかつのアテンダーは、
竿の弾性でいとも簡単にサカナを浮かせる
ボクがリールに金をかけない理由もここにある
とは言え、ここからは
リールの巻きが威力を発揮する
セドナのギアは精密冷間鍛造という
特殊な加工技術で作られている
タフだし、糸を巻くのにストレスを感じない
ハンドルも軽くスムーズに巻けるから、
力のあるサカナでも難なく水面まで引き上げる
浮いてきたのは、やはり尾長グレだった
玉網で掬うと40センチオーバーだった
尾長は、エラを大きく開けて眼を回している
モーラナイフで魚を〆て、クーラーへ放り込んだ
針は唇に掛かっていたが、
糸はチモトで少しザラついていた
劣化した部分を切って同じ針を付け替える
ふたたび撒き餌から一匹選んで、針に刺すと
仕掛けをサラシの湧く沖目に投入、
柄杓でバッカンの撒き餌を打つ。
ちょうど太陽の光がポイントに当たっている
ベストから偏光サングラスを取り出した
朝飯は、すき家で牛丼を胃袋にぶちこんだ
乗船二時間前。高速を降りてすぐの店だ
【大ちゃん】は餌屋の便所で
ちゃんと済ませた
さすがに磯で【大ちゃん】はできない、
隣の磯まで僅か数メートル
どの磯の人も釣りに集中してはいるが、
磯で【大ちゃん】をしたら、
恥ずかしいだけではすまない
【小】なら許せるが、
釣り人として【大ちゃん】はタブーだ
一度、夜釣りで
【大ちゃん】をしたすぐ後に
浅い棚で真鯛を釣った
七十センチの真鯛だったが、
やはり食べれなかった
ウキが光の反射でまったく見えない
ポイントを変えても良いが、撒き餌の都合もあった
撒き餌を打つポイントを矢鱈と変えると、
せっかく定めたポイントが無効となってしまう
こんなときはウキでなく
竿先で当たりを取るしかない
来た! だが小さい、
コッパグレだ
リリース、
潮が右に流れているが、
たぶん挿餌と撒き餌が同調していない
やや沖向きがポイントだろうか?
仕掛けを足元から流してみる
アカン、挿餌は忽ち餌取りの餌食だ
やはり沖の潮目がポイントかも知れない
突然、糸が張り、竿が大きく曲がった
サカナは沖でなく磯際に突っ込む
竿を左に倒して突き出したハエ根をかわす、
右の窪んだ岩場へサカナを游がせる
竿を垂直に起こして一気にリールを巻いた
あ、
チキショー
外道のイスズミだった
玉網は使わずに岩の斜面に載せた
針を外してやると迷わずリリースした
このあとアタリが遠のいた
──潮止まりか?
満潮の時間もろくに調べていなかった
そういうズボラな釣りが好きだ
釣れないときは磯で眠ることもある
よし、竿をピトンに置いてコーヒータイムだ
サーモボトルを竿ケースから取り出す
八時間たっても、まだ沸騰したての温度だ
これはサーモスの山用ボトルだった
誕生日に息子からもらったやつだ
スティックタイプのインスタントの粉を
プラカップに入れてお湯を注ぐ
海のコーヒーは、スタバの十倍美味い
ふたたび竿を握ると、
潮目がかなり手前に寄って来ていた
ウキ下は二ヒロ。およそ三メートル
中通しの円錐ウキは錘負荷 B のものだった
ボクのウキにはどれもマニキュアが塗ってある
傷から守るためと、浮力調整のためだ
たかがウキひとつが二千円もする
これが磯ではすぐに傷だらけになるから悲しい
海の流れは、知らないと損をする
流れは、時間とともに変化した
潮汐によって起こる潮の流れと海流は別物だし
離岸流もこれらとは違う流れだ
今は左から右に動いている潮の流れも
いつの間にか反対に流れたりする
撒き餌を餌取りを集めるために磯際に打ち、
沖目のポイントへも二段打ちする
足元では黄色い蝶々魚が乱舞している
踊り子とも呼ばれる熱帯魚みたいなサカナだ
ボクはまだ食べたことはないが、
以外と美味しいという話も聞く
餌取りには他に藤五郎鰯やスズメダイがいる
こいつらも刺身で食べると美味しいそうだ
どうも今日は磯の踊り子の上演日のようで、
撒き餌を打つと網で掬えるほど湧いた
釣りには知恵と勘が必要だが、
正直いちばん大切なのは【時】と【場所】だ
釣れない場所でいくら粘っても釣れないし、
釣れない時は何をしても釣れない
逆に下手クソでも釣れる時は簡単に釣れる
これは人生と同じだ
馬鹿だろうが、悪人だろうが、
幸せは人を選ばない
ただ事故の確率と同じで、
事故が起こりやすい原因があるように
釣れる釣れないにも、
結果には何らかの要因がある
海に糸を垂らして、
針にまだ餌は付いているか?
挿餌と撒き餌は同調しているか?
──等々、
考えている人と、
考えていない人との差は大きい
それでも餌のない針に掛かるサカナもいる
海のなかで針先が一瞬キラリと光り、
それに反応してパクンと喰いついて来るのだ
グレもルアーで釣れることがある
どうも小魚を追いかける習性があるらしいのだ
オキアミを餌で釣るグレは、
最近の研究では海草や甲殻類だけでなく
稀に小魚も捕食するらしいことがわかってきた
このように釣り人の浅い経験は、
竿の穂先のように
いとも簡単に折れてしまうものだ
だからアングラーは、海と向かい合って
狡猾に、そして無垢な気持ちで竿をふりつづける
チャンスは、いつも海が与えてくれる
学んだことは無駄にはしないが
それでも経験にしがみつくことはせず、
あらゆる可能性を信じ、
辛くなったらいつでも笑って諦める
グレのいるポイントは、
白いサラシの湧く場所や潮と潮のぶつかるところだ
沖の潮目、溝やシモリのある海底、
磯際のオーバーハング、
そして本流のずっと先だったりする
棚は大方2ヒロで良い
沖目のポイントではアタリをじっと待つ
時期に因っては、
矢引(半ヒロ)で釣れることもあるが、
基本はやはり2ヒロだ
ウキは軽くしたり重くしたりする
わざと沈めることもある
狙いの棚のウキ止めを外すこともあれば
固定仕掛けにすることもある
挿餌と撒き餌の同調が大事なように、
イメージとリアルの同調も大切だ
釣りは、想像力がリアルを引き寄せる
きっと海と想いは繋がっている
ほら、ウキが消し込むと同時に竿が曲がった
底を切って竿を起こす
張りつめた糸がキューンと鳴っている
大きいぞ、竿が弓形だ
強引にリールを巻こうとするが
タイミングがつかめない
長年の勘で巻く時を咄嗟に選ぶ
糸を出すか?
強引に竿を起こすか?
あ、軽くなった
痛恨のバラシ、
チモト(針の根本)で切られたようだ
そのあとは皆目アタリがなくなってしまった
まあ、釣りとはこんなもんだ
海は待ってくれる‥‥
だから気が向けば、
いつでも海と向かい合える
少なくとも、
海から教わったのはそういうことだ
次回は真冬の磯だ、、