もうひとつの越冬
山人

冬のよそよそしさは今に始まったことではなく、そう、僕が少年の頃から冬が生まれて、春になると死んでいった
春になると雪の墓場がそこら中にあふれていて、それすらも五月の若すぎて、痛々しいするどい風にさらわれて、どこかに散ってしまっていた

感情のひとつも感じられない、白々しい会話が春の風に乗る時、血液は臭気をともない膠(にかわ)のような皮膚の下を囂々と流れ始める
雪代は季節の変化に怯えるように大海を目指し、命の種が睫毛を動かし始める

こんなにも体液が流れでいる。血液から濾過された美的な塩辛い液体が、薄暗い山道の腐葉土に落ちてゆくのを黙って見ている
雨が止むと蕾が膨らんで、やがて花は濡れた水滴を滴らせて、向こうの虹を眺めている


山道にはたくさんの私の手と足や頭が木に生っている。危うく心臓を落としそうになり、体中の内臓を脱糞したような日。そのたびに私は生きなければならない生きなければならない死んではいけない死んではいけないまだ死ねないどうか生かさせてくださいと土に祈った。石に祈った。もはや有機物から無機物になってしまったかのような錯覚だった。顔の表情筋すら動かすことも忘れて、薄い手袋の上から手を合わせ遠い雨混じりの神々に向かって懇願した。

霧がやがて生まれ、私をとり囲み、やわらかな温かい命をくれた
そこらじゅうの命という命を霧に混ぜて私に与えてくれたのは紛れもないあなた(神だったのか?
顔が腐りかけ物凄く重くなっていた私の螺子が捥げ始めた時、霧がやってきていたのだった。命の霧、鎹の霧、だったのであろうか


会話という酩酊の中で唾液を交わし合う男たちの前で、私はそれを見つめていた
それぞれが言葉をころがしては漏斗状の唇から解き放し、それが泡となって漂い、リーダーはそれを大切に舐めている。彼ら男同士の交接を冷たい目で追う私はいたって孤立し錆びた臭いにつつまれていた
それでも季節は一歩づつ深まり、虫たちが空気の冷たさを感じ、草や木の息が感じられなくなると秋が深まっていく


みぞれ混じりの雨が標高を上げるにしたがい、はっきりとした形となってボタン雪が降ってきていた
微細な塵に水分が付着し雪となって舞っている
季節の変わり目のその瞬間を目の当たりにすることがこんなにも敬虔な気持ちにさせてくれるのかと思う

磨き上げてきた首を夕刻、私たち(私)は差し出す
砂を嚙んだ七カ月の思いは歯のすき間に仕舞い込み、唇を凍らせる
さし障りのない言葉が最後の日の闇に包まれた仕事場から心のよりどころに向かって歩き出している


自由詩 もうひとつの越冬 Copyright 山人 2024-12-23 07:05:16
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