焼きいも
リリー
足許濡らす時雨の冷たさ
夕刻に立ち寄るスーパーで
野菜売り場の陳列棚から
外れた隅へ歩み寄る
(やあ、おかえりなさい!)
わたしに呼びかけて来る
焼き芋機
鼻先へ漂うやさしい匂いで
胃袋がくすぐられる
「お姉さん、こっちのが焼き立てで大きいよ!」
機械の後ろに屈み芋を袋へ詰めていた
中年の女性店員がふいに立ち上がる
ちっちゃな迷いは吹き飛んで
手渡される一本の、掌に染み入ってくる温かみ
食品売り場を足早に回ってレジへ並び
エコバッグを提げる左肘の手に
焼きいもだけは持ったまま
店舗から出た
熱いカフェオレとこれを食べたら
晩ご飯なんかお茶漬けでいいわ
暗がりの部屋へ
いつものように帰る道みち、
傘打つ雨と声にならないヒトリゴト
(2024年12月 近江詩人会「詩人学校」八九三号 初出)