春雨の曲に学びます
天使るび(静けさが恋しい)



 ヒトの密集した写真を見ているとゲシュタルト崩壊を簡単に引き起こす。顔の大きさに目の開き髪の毛の長さや乱れたような身長の高低さ。みんないいとはいえないよ。目の端にヒトの集まりを追いやっても気配や熱気やオーラみたいな何らかのもんを感じるためにひとりでいたいこの頃だ。

 不気味の谷現象って本当だろうか。アンドロイドに憧れる。なれてもヒトはサイボーグかよ。メカニカルな原動力を体液で錆びつかせちゃいそうで嫌だな。

 アンドロイドのみなさまは多分にぼくよりも先に猫語を習得なされるのであろうなぁ。そればかりは嫉妬しちゃうな。それでもねこのようなアンドロイドならばずっと自由にしてくれそうでいいな。

 ねこは自由にしてくれるから好きだ。ごめんなさいだけどいぬのほうが機械のように感じる。いぬは自閉症センサーをお持ちだしね。離れていても吠えていて過ぎ去るとすんと鳴き止む。

 いぬは家族なのでしょう。どうして鎖で繋がれているの?

 フラッシュバックを回避する術はないようだ。昨夜のぼくは泣きじゃくりながら身体からチカラが抜けていった。中空の鼓動で生きているような感覚。看護師さんがお薬りをくちのなかへとお入れくださる。デイルームの床の上でごろんとしながら徐々に現実味を取り戻していった。

 今年の三月に以前の精神科病院でおしゃれ着用の洗濯用洗剤を400ml以上飲み干した。あれはすごく効いた。芳香剤の臭さと不味さで戸惑いつつひとくち飲むと後に引けずに最後まで飲み干した。

 途端に吐き戻して倒れて吐いて立ちあがろうとする。看護師さんが飛んでおいでくださり励ましのお声がけをいただく。あの病棟でいちばん大好きな看護師さん。ぼくは「死なないといけない」という言葉を繰り返し叫んでいた。

 とっておきの臨死体験があるのだ。ICUで目が醒める直前に見た世界が忘れられない。この世には存在しない白さ。あのなかにどなたかいらっしゃって「もう一度」の合図でぼくの情報がぐわーっと脳内へと流れ込む。ぜぇぜぇいいながら管ばかりの身体を揺り動かしながら喘いだ。

 失敗したのだという想いが悔しくてならなかった。界面活性剤を吐き戻してできた小さな沼に目から突っ伏したのだろう。左目の腫れが歪な痛みを伴う。あいにくの具合で重度のコロナウイルスに感染しており胃と腸のカメラを次回お受けするまで点滴をお食事としていた。

 断食九日目のお食事は七倍粥とお豆腐とお野菜。お豆腐をくちにするのが惜しく感じたのは何故だろう。あの日に息を吹き返してから以前に増してフードノイズが少なくなった。

 界面活性剤で身体中がどろどろになるのは本当だ。腸内細菌の死骸の山で積もるようにおむつを汚していた。

 いまは回復している。そう。お友達が欲しかった。まともになりたいと願った。ぼくに恋愛感情はあるのだろうか。処女のぼくをやり目的で選んだあいつに喪失した想いの全てを投影していた気がする。

 セックスなんて嫌いだ。性について語るとあいつが歓ぶことを知ってからぼくは自分をゆっくりと殺すようにエロティシズムを根付かせるための努力を行った。

 ぼくは禁欲に感じるのだ。自慰をしない日々の繋がりに心地よさを覚える。

 ぼくはいままで足掻いていたよ。喪われたものを必然へと置き換えるためにあいつと恋人になって結婚する以外ないと感じた。ジレンマのなかで吐き出すように「嫌いだ」「帰れ」とあいつを叱り飛ばしたこと。

 いつかのお正月の席で障碍福祉課へとお勤めであったおねいさんに「精神障碍者と無職と引きこもりが徴兵されるといいのにね」といわれたこと。オトウサンもおかあさんも笑っていて。家族のヒエラルキーの頂点に立つおねいさんのいいなりになることを愛や命だと教えられた。

 フラッシュバックを起こすからいつでもおねいさんお帰りの特別な祝日にぼくはビジネスホテルに宿泊する必要があった。とあるお正月に初体験から四年ぶりに例のあいつとウィークリーマンションで落ち合った。ドアを開けてベッドの上でセックスした。

「難しい本を買うからAmazonギフト券・三千円分を買ってちょうだい」といわれた。ケチと思われる気持ちがあった。それでもぼくは耐えるように「いまはできない」といえた。

 スーパーマーケットで食材を購入して両手にレジ袋を持ちながらわぁッと泣いていたこと。お部屋にお帰りするとあいつがいて真夜中には決まって欲情していてぼくは眠気まなこでお付き合いしていた。

 ぼくはあいつを恋人だと想っていた。ただしあいつはぼくへのメッセージに恋人というキーワードを数回用いただけだった。

 もうさすがに冷めたよ。いま現代詩フォーラムに詩や散文を投稿していることをちょっとした奇跡のように感じる。詩はやめると決めていた。それでも信じていられるものがある限りぼくから言葉はなくならないのだった。

 ぼくはおんなぢゃない。本当は恋愛も理解できない。あたまも足りてない。そんなことは最初からわかっている!

 絡みきった毛玉が切れずに解けた気持ち。ようやくぼくは浄化聖戦を受け容れた。

+

「最後の私信」

 きみは(きみを)天才だとぼくにいってくれたぢゃないか。その言葉をぼくは信じてきたのだよ。等身大の……を見せてみろ。いつまでも自分で自分を逃するようぢゃだめになるだけだよ。自尊心の殻を脱ぐのだ。まる裸の心のままのきみを愛する。とりあえずさようなら。もう二度とご連絡はしない!

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 この国の医療のおかげでぼくは生きているだけだ。必ず入院のトンネルを抜けて神々しいほどの青空の下でくるんとひと回りしてみせる。後ろを振り向く義理などあるかよ。胸の奥に宿した気持ちよさの時間のなかで喘いでいる暇などあるかよ。心を働かして労働に生きる。ぼくの罪はイエス・キリストにより癒されたのだ。



散文(批評随筆小説等) 春雨の曲に学びます Copyright 天使るび(静けさが恋しい) 2024-12-02 16:33:17
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