年平均 6本。
田中宏輔

ぼくが20代の終わりくらいのときやったかな
付き合ってた恋人のヒロくんのお父さんが弁護士で
労災関係の件で、それは印刷所の話で
「年平均 6本」とか言っていた
紙を裁断するときに指が切断されたり
機械に手が巻き込まれて
指がつぶれたりする数のことだけど
ヒロくんは
クマのプーさんみたいに太っていて
まだ二十歳だったけど
年上のぼくのことを
名前を呼び捨てにしていて
歩いているときにも
ぼくのお尻をどついたり
ひねったり
あと
北大路ビブレの下の地下鉄で別れるときにも
人前でも平気で
キスするように言ったり
じっさいしてて
駅員に目を丸くされたりして
かなり恥ずかしい思いをしたことがあって
そんなことが思い出された
ヒロくんは
大阪の梅田にある小さな映画館で
バイトしていて
一度、そのバイト代が入ったから
おごるよと言ってくれて
梅田にある
彼の行きつけの焼肉屋さんで焼肉を食べたのだけれど
そうだ
指の話だった
ヒロくんと別れたあとだと思うのだけれど
4本か5本だったかな
ハーブ入りの
白いウィンナーをフライパンで焼いていて
そのなかにケチャップを入れて
フライパンを揺り動かしていると
切断された血まみれの指が
フライパンのなかでゴロゴロ、ゴロゴロ
とってもグロテスクで
食べるとおいしいんだけど
見た目、気持ち悪くって
ひぇ~って
気持ち悪くなっちゃって

ヒロくんとはじめて出会ったのが
大阪の梅田にある北欧館っていうゲイサウナだったんだけど
彼って
すっごくかわいいデブだったから
決心するまで時間がかかったんだけど

決心するって
ぼくのほうからアタックするっていう意味ね
ぼくじゃ、だめかもしれないなって思って
彼に比べると
ぼくなんかブサイクだったから
でも
あんまりかわいらしいから
もすこし近くで見たいなと思って
ついつい近づいていったら
「勇気あるなあ」
って、突然言われて
びっくりしたので
くるって背を向けて立ち去りかけたら
後ろから腕をつかまれて振り返らせられて
おびえながら目を開けたら

ぼくって、180センチ近くあるんやけど
ヒロくんもそれぐらいあって
胸板が厚くって、肩幅とかもすごくって
ぼくよりずっと大きく見えたんだけど

そのいかついズウタイで
顔はクマのプーさんみたいで
かわいらしくって
にっこり笑っていたので
ああ
ぼくでもええんやって思って
ほっとして
それから
ぼくのほうから
ふたりっきりになりたいねって言うと
じゃあ
ラブホテルに行こうって話になって

そうそうに
北欧館から出て
その近くにあった
たしか
アップルって名前のラブホだと思うんだけど
男同士でも入れるラブホテルに行って
エッチして
それからご飯をいっしょに食べに行って

お好み焼きやったけど
ヒロくんがニコニコしながら
「あつすけさんて
 どっちでもできるんや」って
あのとき、バックはまだしてなかったし
なんのことやろかって思って
どっちって、なにが、って訊いたら
年上のひとに甘えられるのがたまらへんねんって
そうやったね
ぼくが腕枕して
ヒロくんの頭をなでてあげたりもしたけれど
なんだかふたりともぎこちなくって
それで思い切って
ぼくのほうが甘えるような感じで抱きつくと
ぎゅうって強く抱きしめてくれて
そのあとずっと、ヒロくんのほうがリードしてくれて

一週間で
「あつすけさん」

「あつすけ」になりましたけど、笑。
基本的に、ヒロくんはタチやったから
まあ
それでよかったんやけど
ぼくも若かったなあ
やさしい子やった
ちょっとSやったけど、笑。
そういえば
ヒロくん
ピンク色のプラスチックの大人のおもちゃで
あれは、ピンクローターっちゅうのやろか
あのお尻に入れて動かすやつを持ってきたことがあって
ぼくのお尻に入れて
スイッチが入ったら
ものすごく痛かったから
すぐにやめてもらったんやけど
ヒロくんのチンポコやったら
そんなに痛くなかったから
それにいつもヒロくんは入れたがってたから
ぼくが受身になってたけど
ヒロくんと付き合ってたときには
なんか、ほんと
やられることになれちゃって
だんだんバックが感じるようになっちゃって
ぼくのほうが10才近くも年上やのに
ええんやろかって思ったりしたことがあって

一度だけ
ぼくのほうが入れたことがあるんやけど
ヒロくんはものすごく痛がって
かわいそうだから
その一度だけで
ずっと
ヒロくんがせめるほうで
ぼくがせめられるほうやった
それと
ヒロくんは
いつもぼくのを飲んでたけど
なんで飲むんって訊いたら
「男の素や
 男のエキスやから
 より男らしくなるんや」
って返事で
そうかなあって思ったけど
それって愛情のことかなって思った
一度、風呂場で
電気消して真っ暗にして
ヒロくんのチンポコをくわえさせられたことがあって
ヒロくんが出したものを、ぼくがわからないように吐き出したら
「いま吐き出したやろ」って言われて
えらい怒られたことがあった
ヒロくんは
仏像の絵を描いたものをくれたことがあって
ぼくが仕事から帰ってくるのを
ぼくの部屋で待ってたときに描いてたらしくって
上手やった
仏像の絵を描くのがヒロくんの趣味のひとつやった
ヒロくんのことは
何度も書いてるけど
まだまだいっぱい思い出があって
ぼくの記憶の宝物になってる
笑い顔いっぱい覚えてるし
笑い声いっぱい覚えてる
いまどうしてるんやろうか

お好み焼き屋さんで
その腕の痕、なに
って訊いたら
「さっき縛ったやんか」って
縛ってみるかって言われたから
縛ってみただけなんやけど
いま付き合ってる恋人って
ぜんぜんちがう顔やのに
よくヒロくんのことを思い出させる
きのう
恋人とひさしぶりに半日いっしょにいて
しょっちゅう顔を見てたら
「なんや」
って何度も言われた
「べつに」って
そのつど言い返したけど
人間の不思議
思い出の不思議
いま付き合ってる恋人のことが愛おしいんだけど
ヒロくんの思い出もまじえて愛おしいようなところがあって
ひとりの人間の表情のなかに
別の人間の表情をまじえて見ることもあるんやなあって思った
ヒロくんと撮った写真
たまに出して見たりするけど
ぼくが死んで
ヒロくんが死んで
写真のなかのふたりが笑ってるなんて
なんだかなあ
ぼくは恋をしたことがあった
「また会ってくれるかな」
「いいですよ」
はじめてあった日の言葉が
声が
ぼくの耳に聞こえる
「あつすけ」
いつもちょっと怒ったように呼んでたヒロくんの声
そういえば
きのう
恋人から
「あほやな」
「なんでそんなにマイペースなんや」
「きっしょいなあ」
「腹立つなあ」
「めいわくや」
って言われた
あほや
とか
きっしょい
とか
言われるのは恋人にだけやけど
悪い気がしなくって
って
ところが
きっしょいのかなあ
ぼくは恋をしたことがあった
ヒロくんには
ぼくが投稿していたころのユリイカをぜんぶプレゼントして
持ってた吉増さんの詩集もぜんぶあげた
詩を書きはしないけど
読むのは好きな子やった

ヒロくんよりデブってた男の子で
ぼくが耳元で詩を朗読するのを
すっごくよろこんでた子がいたなあ
ヒロくんは剣道してたけど
その子も、なんかスポーツしてたって言ってた
スポーツやめたら太るっていうけど、極端すぎるやろ
高校のときの写真と、ぜんぜんちがうやん、笑。
はやく死んでしまいたい

電話でジミーちゃんに、いまヒロくんのこと
書いてるんだけどって言ったら
あの大阪の映画館でバイトしてた
双子座のA型の子やろって
ひゃ~
いまの恋人といっしょやんか
そやから、ヒロくんのことを思い出したんやろか
そういうと
ジミーちゃんが
たぶんな
って
ふえ~

そういえば
タンタンは双子座のAB型やった
なんで



自由詩 年平均 6本。 Copyright 田中宏輔 2024-11-06 00:33:45
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