愛の影
菊西 夕座

  ――その信念が彼の妄想を厳粛なものにし、
    ぼくにとって真実と同じくらい印象的で興味ぶかいものにしています
                メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』


人間たちに愛されなかった怪物は不完全なまま物語にとじこめられている。
わたしたちが真に恐怖すべきなのはこの怪物の不完全さにあるのではなくて
むしろわたしたちがこの物語を完全に閉め出す怪物に基礎をおいていること
そして実際はありもしないこととして物語を内側へ丸め込んでしまったこと
だが皮膚をめくればいつだって不完全な怪物がこちらをみかえしてくるから
わたしたちは目を外に向け真っ暗な牢獄に怪物をとじこめて追いやっている
だれも怪物に愛情をよせることができないのはそれが愛の影だからであって
影は人間がとじこめているおぞましい体内器官とねじれた血脈を通じている
血はいまもたえずあらゆるものを焼き尽くしては混沌の夜をふとらせている
一切無常の炎をかかえてよもやひとが外界に決を求めるのはいかがなものか
おたがいを否定しあうことはせずとも情熱はすでに背をむけて奔流しており
ひとはひとえに体内にこそ狂熱と野心にふさわしい自らを打ち建てればよく
外界においてはその血塗れた記録を浄化する光と共鳴と献身を物語ればよい。


自由詩 愛の影 Copyright 菊西 夕座 2024-11-04 22:26:24
notebook Home