真夜中の渇き
ホロウ・シカエルボク


穏やかな夜だったかと問われればそうだったかもしれない、と答える程度の夜だった、考え事はあるにはあったが、何かに変換しようと思えるほどの動機になるようなものは特に無かった、それならそれで投げ出して眠ってしまえばいいのだが、そういう時ほどだらだらとこだわって起き続けてしまうのが俺という人間の性分だった、自分の中で何かひとつ、いまやるべきことをやらなければすっきりと眠ることが出来ない、長いことそういう人間で生きて来た、他人からすれば面倒臭いやつだというふうになるかもしれないが、自分としてはずっとそうなのだから別に面倒臭いとも感じない、そういう人生を生き続けて来たのだから…そもそもどうして、面倒臭くない人間が正しいみたいなニュアンスを込めてそういう物言いをしてくるのか、誰も彼も最早、安直なものばかりを選択して暮らしている、そんなに安心したいのだろうか?安心はそんなに大事なものなのだろうか?はみ出さないように生きて安心するくらいなら、俺は今すぐ首をくくって閻魔様の長ったらしいお説教を聞きに行くね、安心したいのはきっと、自分の中に何もないからさ、一個人としちゃ空っぽの方がこの世間じゃ生きやすいからね、だから、ますます空っぽのやつらのためのコミュニティとして仕上がっていく、上っ面の以心伝心が出来上がってりゃそれでオーケー、俺は首を横に振る、馬鹿げてる、人生の無駄遣いさ、そう、それで、眠ることの方をいったん諦めてこれを書いているんだ、近頃は寝床に横になったままでも文章が書けるからね、いい時代になったもんだよ、まったく、常に何かを試し続けている、新鮮さって必要だからね、違う刺激を入れてみないと、それまでしてきたことも見え辛くなってくる、これはとても大事な話だよ、スタイルなんて本当の意味では確立しないんだってこと、覚えておくべきだよな、とにかく仕上げたがるだけのやつが多過ぎるのさ、技術点が高いだけのものを作ったって仕方がないよ、「ああ、よく出来ていますね」でお終いってもんさ…俺の言ってることわかるよね?そんなに難しいことは話していないつもりだよ、なぜ文字が生まれたのか、なぜそれが詩や小説に変わっていったのか…考えるまでもないことのはずさ、それがすべての基本なんだ、それを忘れてしまったらただいいものを作るだけの芸になってしまう、そんなのちょっと我慢ならないと思わないか?少なくとも俺がやりたいことはそんなことじゃないね…俺が自分の作るものに求めているのはただひとつ、血が通い、熱を放っている生身の感触なのさ、すべてのしきたりを取っ払って、自分だけの感触について語りたいんだ、スタンダードに寄っかかってわかったような顔をしてたってしょうがないだろ、よく考えてごらんよ、それは誰かの真似事をしてるに過ぎないんだ、よく似たよく出来たものを作り続けて、それがいったいなんになるんだね、そんなものが自分の血肉に何かをもたらすかといえば答えはノーだ、そうたろ?何よりも自分自身に返ってくるものがあるかどうかさ、決まり事があるといえばそれぐらいさ、真剣さを取り違えちゃいけない、まあ、もちろん、誰もがそこに向かう動機は違うものかもしれないけどさ、型にはまって満足するだけならその辺のやつらと同じ暮らしをしていればいいじゃないかって話にもなるじゃないか…ああ、休み休み書き進めてる間に日付変更線をいつのまにか超えてしまっていた、まあ、しょうがないよな、いっこうに眠気が来ないんだからさ、まったく、日曜の夜にゃあいつはいつもサボりやがるんだ…今夜中にひとつ出来上がっちまうかもしれないね?タイトルを考えるのは明日になるかもしれないけどね…それにしても、最近じゃ滅多に考えることはなくなったけどたまにどうしてこんなもの書いてるんだろうなんて考えると、無性に可笑しくなってくるんだよな、さっきは偉そうに言ったけどさ、実際これが俺に何をもたらしているかなんて、俺自身まったく理解しちゃいないってもんだぜ、まあ、理解しておく必要がどれだけあるんだって話にもなるけどもさ…頭で理解出来てようがいまいが、身体には刻まれているからね、身体の中で濾過されて循環して、ある日突然あれはこういうことだったのかと理解出来る瞬間がやって来る、気づいた時には理解している、なんて時もある、その時に答えを出す必要なんてどこにもないのさ、身体の中で降り積もって少しずつ浸透していくんだ、理解には本来、とても長い時間がかかるものなんだ、俺はそうして手に入れたものしか信用出来ないのさ、だから、いつだって思いつくままに言葉を並べていくだけさ、種を蒔いてすぐに芽が出るわけじゃないだろ、成長っていつだってそういうものじゃないのかね…わかるだろ、インテリ坊ちゃんのお遊戯をやってるわけじゃないんだ、これは俺なりの、混沌に対する真摯な態度ってものなんだ、だからずっとやり続ける必要がある、どうも、俺の頭蓋骨は、やつらにとって凄く居心地がいいみたいなんだよな、だからやめられないんだよ、定期清掃みたいな感じで、ずっと掻き回し続けなくちゃいけないんだ。


自由詩 真夜中の渇き Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-11-04 17:09:42
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