「詩人キラー」新発売!
田中宏輔
いやな詩人が出る季節になってきましたね、プシューッとひと噴き!
これで、あなたのいやな詩人を完全撃退できます。
この詩人は
ほかの詩人とはほとんど付き合いがなかったので
ほかの詩人ほど頻繁に
ほかの詩人から詩集が送られてきたり
詩誌が送られてきたりはしなかったけれど
それでも週に何度か
日本中から詩人たちが送られてきた。
詩人たちは郵便箱のなかで
身体を折り曲げて
この詩人が仕事から帰ってくるのを待っていた。
ときには何人もの詩人たちが
どうやって入れられたのかわからないけれど
器用に身体を折り曲げて
郵便箱のなかに入っていた。
きょうもまた
この詩人は
疲れた自分の身体といっしょに
送られてきたその何人もの詩人たちの身体を
自分の部屋のなかに運ばなければならなかった。
すると詩人たちは
部屋に入るなり
口々に自分たちの詩を
この詩人に読み聞かせるのだった。
この詩人が食事をしているときにも
この詩人が風呂に入っているときにも
この詩人が部屋の明かりを消して寝ようとしても
詩人たちは自分たちの詩を
つぎつぎと、この詩人の耳に読み聞かせるのだった。
この詩人は明かりをつけると
寝床から起き出して
洗面台の鏡の前に立った。
この詩人は自分の目の下のくまをみて
洗面台の引き戸から
消音エアゾールとマスクを取り出し
部屋に戻ってマスクを付けると
朗読している詩人たちの顔に振り向けて
プシューッとした。
すると、詩人たちの声が消えた。
詩人たちはただ口をパクパクするだけで
声がまったく聞こえなくなった。
明かりを消してふたたび床に就いた。
しかし、とても繊細なこころの持ち主であるこの詩人は
口をパクパクさせている詩人たちのことが気になって
気になってすこしも眠ることができなかった。
明日こそは買ってこよう。
ぜったい買ってこよう。
詩人キラーって
声といっしょに詩人たちの姿も消えるんだっけ。
たしかそうだったと思うけど
でも、送り主の詩人たちまで退治してくれるってわけじゃないから
詩人たちが送られてくることまではとめられないんだよね。
とかとか、そんなことを考えながら
この詩人は、きょうも眠れぬ一夜を過ごすのであった。