collage
あらい
いったいどれほどの月陽が流されたことでしょうか
砂を蹴る彼がまた花房を垂らす眠りについてから
異臭ともとれる斜交いは闇夜を抜け出し光が斜めに走っていく
のぞみは少しばかりの顔を覗かせているというのに
溝を緩衝しない大団円がさすらいのものがたりと出入りを繰り返す
そこはピンを打ってハサミを入れる、細かく散らした花々の行く末を案じて、この手は拭きこぼした山吹の水彩状に凍って見え、なにもないうえに、あとにした真鍮の火が灯していたケースに、残念なわたしが留まっているだけの物憂げな空間にある――彼女の意識が脈打つよう、それも、あれもまたじんとするほど、夢の夢の跡にしまわれる。
それでもうあきらめてアメジストの瞳だけで徘徊するも、聞きかじったわたしを汲み恣意ていた思考がなにやら可笑しな方向へネジ曲がっていくのを感じ、指先で流れる水脈を掬うと、小さな棘にあたり珠のような血液が滴る前に、静かなササクレが、びしょうの時と止まっていった。
青い天井に星が輝いているのを金の鎖のマスキングテープでどうにかしようと思ったのかな、どうやらこのぼんやりとしたコテージはツギハギの真ん中にいるらしい。わたしは長らく十字の木陰で眠ってしまったらしく、今はもう薄闇のなかでは遠くは見えるというのに、いまや身体は雀の涙、当面、ちかくみじかくある蝋燭は動きそうになかった。
だれか(、空を霞める。)呼ぼうと思えども、忘れ去られた名など、なぞりあげる舌先などひくひくと舌蛇のよう絡みついてぬたうつような淀み、灰と煤のひぐらしと交わす。暇を持て余す祈りながら、嫌悪を示すかたちが我が有り様としかたなしと結ばれ、〝フキダシを置くだけの最果ての口づけで〟
店頭に並べられたグラスストーンの照るような声をなんどか、てのひらを返して吹き消した。所構わずフィルターをどけて殴りつけた犯人を冷たい円錐に潮力をもって浮かべる、(玉虫色の羽根いちまい抜いた虎が。)渇いた喉を香するだけの花の茎とここへ、片足ばかりのトランクを枕で被せて。投げ飛ばした札束をピンクに潰して、残りはしたたかにバケツに噛ませた子供の道化師とも。
けれど横笛のようにわたしは空虚に寝そべっていた。
この瓶詰めの舟はたいそう古く、帆は崩れ骨が崩れているし、コルク栓をゆるく触れる底の感触はかたく冷ややかであるのに、わたしの身はやわらかな褥に埋まっているような心地よさでうずくまり、また、揺らいであったから。
とりたててなにかを求めるわけでもなく誘われるものでもなく、わたしというものはおおらかにあくびなんぞしながら――窪地に存在していたから。
過去に照らし出される風景が重なりあうひとときを箔押しのノートに綴る旅だった、たぶんあなたはいるのですよと飲み込まれる、寸前に、空が見える。強ばらせた頬をなぜるものがあり。心ん中にある一部が欠落してボロい穴を覗かせているのでしょうと。紡がれたぶん歪められた己のすがたを滑り込ませる。
わたしがコラージュされた数多のコレクションは、みなシワがあり破れも染みも目立つ。けれども、多く羽が生え、高鳴る銀盤の上でタクトを振るうならば、異国の言葉で描かれたエピタフもまた茨の花の弦を弾くものだろう。
両端は叢に残されたほそい小川を通る、鳥籠に陳列された世迷蛾の象眼が知ることわりを愚痴り、貝細工と鱗篇だらけのヴィンテージのまぶたばかりが、ふと眼前を見据えることができるのだという。走馬灯のような
2024年3月17日