蕊
あらい
星の砂の上を歩いて亘る、洋館までの距離は計り知れないほど、遠く。線路上をとぼとぼと征く、男の姿は朧げであったが、なにがご機嫌なのか調子外れた鼻歌なんかがよく似合っていた。
その片手には黒く小さな蝙蝠傘を広げたもの。回したり投げたりてのひらで転がしたり、まるで彼女と手をつなぐように、ふわりと舞っていった、彼の、くろいかげの端々がときおり、炎のように揺らめいたりする、夕暮れ時の公園まで。
ちいさいばかりの思い出をこうして滑り落ちれば、灰のように風化したりするのに、死海で捉えているブランコに揺られながら――なぜ、ひとりぼっちだ。ふいに濃淡を繰り返すだけのフィルムカメラの、チリチリとした(、まばたき)だから、「瞳を閉じて。」
せまい空間であったことをまた、語りかけるあなたは天を見上げて、ふと足が其処につく。そうすると見たこともない景色も時代もとびこえて、しまい、じんわりと滲み出てくるなら、それが日々の思い出とほろ苦いほど微熱の、示しだされた報酬として未来は、君に捧げられるものだったと……
いまさら書物を閉じて頷いてみせたビクスドール、
「映画のようだ!」
/ショーウインドウを飾る。
〝わたしのすがた/通り過ぎゆく人々に〟
『重ね合わせるヴィジョン』を夢精した朝。
色のないTVから聞こえる軽快な天気予報。「あちらは、さかさまさかなへむかい、れいを挙げます。例えば幽人はだいぶ増えていくものだから、この穴はもっと深く埋まっていくのでしょう」だとして。
こことは反対の山に描いた花が咲くのか?
よぎるけれども、わかりはしなかった。が、これ以上の道を私は知ることができなかった。支度を終えて、煙突を出る。かえりみちでも一歩、また一歩踏みしめると、土壌は柔らかく踏みにじむ雑葬歌たちが脳裏に沈んでいく。
夏の終わりの驟雨でしかない、歪んだ顔を映し出す水たまりはざわめき、油脂が虹色に耀くばかりの気持ち悪さを、このからだにまとわりつく視線として心の中に侍らせたまま、どこまでも広がる狭い道を、後ろを振り返ることもなくあるき続けるしかないのだとまた悟った。
どうせ過去に戻ることもないサンドピクチャーに、閉じ込められた一枚の花びらは、嘘を尽き続けておおくは夜霧のごとく馨るばかり。いまもまだ近くにいるようで仕方ないかと、咲いだす。
2024年3月12日