帰るべき家
パンジーの切先(ハツ)
草上に敷いた薄水色の布へ、サンドイッチとサラダを置いたまま、わたしはときどき長い草や砂利に足を取られつつ、川の近くへ降りていった。川と草の境目で、ぐらつく石にのるわたしへ、あなたは、手を振った。振ったように見えた。
草上の布は、あなたをのせて、風になびくこともない。そこらじゅうで、わたしたちが点々と並べてきたレジャーシートが、空に舞っている。
クリーム色のレジャーシートが空に舞い上がったとき、少しだけ泣きそうになったと、川の近くから戻ってきたわたしに、あなたは言った。
舞い上がる(ビニール)、(ポリプロピレン)たちは、何かを訴えるように大きな音を立てて空へあがっていく。
ああ、蟻、と聞こえて、わたしはぎょっとして、自分の膝を見る。少しむず痒いかんじがした。けれどそこに蟻はいなくて、あなたが指差したのは、わたしの分のサンドイッチだった。小さくはない蟻が、パン屑をせなかに背負いつつ、サンドイッチの上を歩いていた。わたしはサンドイッチを持ち上げて、パッパと手で払う動作をする。蟻は転げ落ちて、布のうえをさまよったあと、草の中へもぐっていった。
どうしてあなたは、わたしのために蟻をゆびで払い落としてくれないのか、
いくつも敷いてきたレジャーシートが、風に舞い上がりつづけていて、うるさい。あなたの声が聞こえない。風を内側にはらんだ、(ビニール)たちは、騒がしい音を立てる。子どもの泣き声みたいに、規則性も、遠慮もなにもない。わたしたちもそうだったのに、いつのまにかとおくまで来た。
わたしが17歳の時、母が腹を切って死んだのも、草の上だった。わたしも死ぬなら、草の上がいい。あなたはそれを聞いて笑っている。ここで死ぬか、それもいい。どうしてこんなにうるさい中、あなたにはわたしが聞こえるの。わたしたちが座るこの布に、死んだ母の孤独が縫い付けられているような気がする。
あなたは、わたしの膝を、指で弾いた。布の上に、蟻が落ちる。布の上を迷い歩いた後、蟻は、やはり草の中へ潜り込む。彼らには、帰るべき家がある、