喫煙所
リリー

 京都三条大橋の側にあった
 六階建の大きな旅館
 非常階段の踊り場から見下ろす
 起き抜けの街の静けさが好きだった

 あの頃は赤のマールボロを一日半箱吸っていた

 廊下の重い鉄扉が開き
 のそり と姿あらわす男
 長身で痩せこけた頬にギョロっと
 殺されたばかりの魚の目を光らせる
 肩を越すストレートの黒髪はヘアゴムで束ねていた
 浅黒い艶のない乾燥肌の指先が
 上着の内ポケットから取り出すタバコ
 耳に軽いジッポの響き
 うまそうに紫煙くゆらせる

 私より歳上だがまだ二十代だった筈
 低くしわがれた声で
 「おはよう」
 とだけ 笑をこぼす
 どこからやって来たのか
 旅館の寮に住み着いた流れ者の男の噂はあやふやで
 休日には一日中パチンコ台に座っている
 という事だけが本当らしかった

 (おまえのその、右手首から先だけが
  切り離されて異次元にあるみたいだな)

 朝のひと時を過ごすようになった男との
 沈黙は、何故か心地良かった
 どこの誰でも
 そんな事はどうでもよかった
 

 


自由詩 喫煙所 Copyright リリー 2024-10-08 06:22:54
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