慈雨
そらの珊瑚

お寺の境内の一角、緑の葉が繁り、そのところどころで小さな可憐な花が咲いている。
その紫色を見ているとなぜか懐かしさでこころのうちがあたたかくなる。
「萩の花だわ」
すれ違っていく観光客の会話でその花の名を知った。
ここを訪れている多くの人は海外からの人らしく、日本人は少数派のようだった。
スマートフォンで写真を撮る。
いつまでも色褪せない花の色。
この地で命をつないでいる花の色。
いつか記憶の中で取り出してみるこの紫は色褪せているだろうか。
池のみなもにぽつりぽつり雨が波紋を描いては消えていく。

雨はすぐに強くなり、タクシーを拾う。
「ずっとお天気でしたんで、こんなに降る雨は久しぶりです」
運転手の言葉ははんなりして優しげだ。
晴雨兼用の傘が役に立ったが、足元はだいぶ濡れた。
しばらくまっすぐの道を走る。
自家用車、バスやタクシー、トラック、車であふれている。
碁盤の目のような路、とはなるほど本当だ。
丸太町通り、三条通り…
変わらないもの、変わっていくもの。
古都を雨が包んでいく。



春、やわらかな緑の新芽を摘んで
すこしばかりの麦を混ぜて粥をこしらえる。
食べて生きていく。
ここで、これからもずっと。
かかが生きていたころからそうしてきた。
秋になればむらさき色の花をつける。
かかはそのひとえだを折り
まだ幼かったわたしの髪に飾ってほほえんだ。
もう遠いむかしのことすぎて
今となってはまぼろしのようだ。
まぼろし、だったのかもしれない。
記憶の中の
ほんとうのまぼろし。
かかが着ていた花模様の小袖は
今の私にぴったり。
それはそうと、ずっと日照り続きで
土は松の樹の肌みたいに乾ききってる。
飢饉にならなきゃいいけど。
人も草も雨を待ってる。
みんなして雨を、祈ってる。






自由詩 慈雨 Copyright そらの珊瑚 2024-10-04 12:22:38
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