夜明け前の雷雨
山人

 たしか午前一時半ごろであっただろうか、稲光りとともに強い雨と強烈な尿意で目が覚めた。
 昨晩は客の膳が遅くなり、床に入ったのは八時半ごろであった。まさか一時半から起きるわけにもいかず、少しでも眠れればと願いながら。それでも数時間眠ることができた。
 釣り客も禁漁前の駆け込みで、数は少ないがぽつぽつと続いている。その度に食材調達や雑用が強いられるが、勤務にも支障が出てくる。どっちつかず、といった具合で、花から花へと渡りゆく昆虫のようでもある。
 登山道除草は十六日に某山岳を終了させ、引き続き最後の山塊へと下りながら作業を進め帰路に着いた。一時刈払い機の不具合に悩まされ、困惑したが運良く対処できた。よって、目的の場所まで刈りすすめることができたのである。予定としてはあと二日の行程だが、その間、家業もしながら且つ勤務にもそこそこ出勤しながらという形態をとらざるを得ない。
 なんとなくだが、老体はそろそろ引退しろという圧力を感じている。たしかに、六十六歳の老人が単独で刈払い機を振り回し、山岳を除草するなど普通は考えつかない絵面だろう。まったく老いたことに気がつかぬまま年月を過ごしてしまった。そして恥じ入っている。そこまでして、しかし、日銭を得たいのだ。
 死ぬまで働かないと生きてゆけない時代が来ると言われている。それがわかっているからこそ、酒煙草を絶ち体重も一〇キロ落とした。しかし、そんな努力も、生き下手な自分にとってはあまり効果など無いのかもしれない。
 苦労することやきついことをむしろ追い求めてきたのであろうか。昔から人の嫌がることは率先してやってきたが、だからと言ってとくに優遇されたわけでもなく、厭な作業を回避し、ひたすら上司に媚びを売る同僚はむしろ可愛がられ、出世していった。ただしかし、それも能力だ。私にはそれがとても厭だった。だから誰もしない作業を率先してやることで差し引きゼロなのだと思うようにしていた。のかもしれない。協調性を最も嫌い、すなわち私は駄目な奴だったのであろうか。今となってはかつての職場の同僚や知人とコンタクトをとることも全く無くなったが、それぞれに出世していると聞く。会社の海の波乗りが上手い人になれなかった。だからつまり、こんな風にぼろぼろの体で山岳に入浸っているのであろう。
 夜明け前の雷雨は治まり、小雨となっている。まだしばらく続くであろう秋雨前線は隣の籾乾燥施設の近くの葛の葉を揺らしている。ホオジロは凡庸な声で鳴き、籾の屑でも拾いに来たり、仲間を呼んでいるのであろうか。
 勤務は家業のため午前中は休むとあらかじめ連絡をしておいたのだが、雑用も嵩み、午後からも休みますと上司にメールした。こんな雨模様で足場の悪い中、半日五〇〇〇円の日銭を稼ぐために危険と引き換えに山に入るというイメージが湧かなかった。ただそれだけのこと。



散文(批評随筆小説等) 夜明け前の雷雨 Copyright 山人 2024-09-19 06:49:34
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