傘は要らない
ホロウ・シカエルボク


曇天には俺が出しそびれた悲鳴が充満していた、古いダウン・ブルースのリズムで年老いた魚のように繁華街を歩く、昨夜はレイドバックして、ピアノを奏でるように詩を書いていた、時の流れは人間を変えることはない、人が時のせいにしているだけさ、どちらかと言えば俺は変わったことが無い、もちろん表面上の些細なことはあれこれと変わったかもしれないけれど、俺という人間の本質的な部分というのは変わったこともなければ失われたこともない、そして俺は、自分の中にあるものについてずいぶん昔から知っていたような気がする、もっと言えば、この肉体の中に本物の俺自身が封じられていると感じていた、肉体は魂を封印しているのだ、何故か?もしかしたら、命になにかしらの意味を持たせるために肉体には期限があるのかもしれない、それは突き詰めたところで答え合わせが出来る話でも無いのだから、どれでも自分が納得する理由を見つけて突き進めばいい、別に最初に決めたひとつにこだわらなきゃいけないわけでもない、気に入らなくなったら新しい定義を作っちまえばいい、さっきも言ったように、どのみち答え合わせなど出来る事柄でもない、みんな真実に囚われ過ぎる、そんなものはなんだって構わないのだ、昨日と同じ今日を生きない為の原動力になり得るのなら、理由なんてどんなものだって、重要なのは動き続ける理由ではなく、動き続けることだ、そうだろ?繁華街、と少し前に言ったけれど、それほどのものではない、賑わっているというほど人間なんか歩いてはいない、まあ、最近は随分外国人を見かけるようになってきたし、新しい店も増えてはきたけれど、どこか終わってしまったような雰囲気は拭うことが出来ない、子供の頃からここを歩いている、昔は真直ぐ歩くことも難しいくらい人間が居たんだぜ、知っているはずなのに信じられない、この街は人口減少ランキングにランクインしている、何もかも失われたのに、まだ昔のやり方でなんとかなると考え続けて、ただただ落ちぶれていく、人工呼吸器に繋がれた人生は生きていると言えるのか、人道的な話じゃない、魂の根源の話をしているんだ、古い店に挟まれるように開店する新しい店は、扱っている商品にしてもスタッフにしてもこの街の数倍は若い、どこか余所からやって来た連中なのかもしれない、彼らが示す新しい在り方を老いぼれどもはもっと学ぶべきなのだ、空地には誰をターゲットにしているのか分からない高級マンションが立ち並ぶ、そんな建物にどこかから流れついた金持ち連中が住み着いて、いつか彼らの絶対数が原住民より多くなれば、この街の文化は大きく変わるかもしれない、逆に言えばそれ以外にはこの街が変わる可能性などない、観光業とパチンコ屋だけがいつだってホット・スポットの酒とニコチンの臭い渦巻く薄汚れた田舎町さ、目的の無い毎日を喜びと感じ、刹那的な欲望と快楽で死ぬまで時間を食い潰す、俺は唇を曲げる、どうして彼らがその愚かさに気付けないのか俺には分からない、分かろうという気も無い、この街では俺のような人間は変異種なのだ、けれどもしかしたらそんな街の中で俺が生き続けているのは、どこかでそんな誤差を楽しいと感じているのかもしれない、愚かさは出来るだけたくさん目にした方がいいしね、反面教師ってやつさ、これをしなさいと言われるより、こういうことはしてはいけませんと見せられた方が話は早いんだ、ほら、掃除が出来ない人間が住んでいる部屋を数人のタレントが掃除して綺麗にする番組、見たことないかい?掃除をしなさい、って言われるよりもああいう部屋を見せられた方が、掃除をしなくてはいけないと思うだろ?俺が言っているのはそういうことさ、雨がパラつき始めた、嫌な湿気がまとわりつく、でもそれまでいい気分だったわけでもない、だから別にどうってことはない、もう目当ての場所はあらかた覗いてしまった、雨が降らなければ買物でもして帰るところだけど、今日は止めておく、繁華街を抜けて大通りを南へ横切り、これまたかつての栄光は見る影も無い風俗街を抜ける、何故か分からないけど、街からの帰り道は必ずここになってしまう、きっと、潰れたファッションヘルスなんかの店舗にこれでもかとばかりに詰め込まれているごみを見るのが楽しいんだろう、このあたりはどんな天気だって湿気て、煤けている、でもいくつかの店はまだ営業を続けていて、週末なんか時々、昼間っから満たされた顔で店舗から出て来るやつを見かけたりする、俺?俺は利用しないよ、個人的な欲望の為に数万も金を使うなんて馬鹿げてると思うんだ、まあ、もとよりそんなことに使える金なんか持ち合わせちゃいないけど、例え持っていたとしてもさ、属性の遊びに身をやつすよりも、もっとずっとエモーショナルな愉しみを俺は知っているからね、なによりそいつに必要なのはラップトップとこの俺だけときたもんだ、結局さ、快楽の欲望だの趣味嗜好だのって、そいつ自身が何を見つめ、何を考えて生きるかっていうことなんだよ、すべては繋がっているのさ、日常を少し踏み外さなけりゃならないのなら、君が信じているものは少し間違っているってわけ。



自由詩 傘は要らない Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-09-14 16:35:33
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