わたしを返して
涙(ルイ)
あの夏ってどの夏のことですか
七夕まつりがあるから連れていって
めずらしく親父にねだってみた
このクソ暑い中 出掛けるなんてまっぴらだって
テレビの前から離れなかった
仕方なしとばかりに母親と兄とで駅へ向かえば
あとから追いかけるように親父が
両手に実姉の子どもを連れてやってきた
あの夏のことですか
軽食屋に入ったはいいものの
食べたいものなど一切選ばせず
みんな同じもんだって云って
わたしが食べれないカレーを注文しやがった
あの夏のことですか
年に一度 隣に住む同級生家族に交じって
連れて行かれた旅行
覚えているのは 終始置いていかれる心配ばかりの母親と
馬鹿みたいに浮かれて坂道を手放しで自転車漕いで
流血騒ぎを起こした兄
なにもひとつも 楽しいと思えなかった
思った記憶さえない
あの夏のことですか
夏休みの宿題の絵日記
ホントは遊ばなかった友だちのこととか
すぐに枯らしてしまった朝顔が元気に咲いたこと
行ってもいない海水浴
ついてもいない水着の日焼けあと
食べてもいない焼きもろこし
思い出の捏造
絵日記の空はいっつも真っ青で
太陽は真っ赤っ赤
だけど ホントのわたしの空は
なぜだかいっつも どんより曇ってばかりいた
あの夏のことですか
受験勉強のさながら 部屋を掃除して
洗濯物を干して 簡単だけど昼ごはんの支度
だけども母親はそんなわたしに
見えるところしか掃除しないだの
洗濯物はシワを伸ばしていないだの
文句しか云ってこなかった
あの夏のことですか
バイトで帰りが深夜をまわっても
特になにも気にもされなかった
それどころか 夕飯食べそこねたと云っても
なにもないからと ご飯の支度すら拒否られた
流しには兄には食べさせたであろう食器たちが
物心ついたときからそうだったけれど
どこにもぶつけようのない空虚な気持ちを噛みしめた
あの夏のことですか
戻りたい夏など どこにもありはしません
そんな夏 戻してくれなくたっていいから
返してくれませんか?
あなたたちが奪い取っていった
あなたたちが毟り取っていった
わたしの一切を
返してください