風が俺を撫でようとするときに友達と居てしまっては
ホロウ・シカエルボク


狂った時計はそのままに、どうせ完璧な時間など無い、賞味期限の切れたレトルトを平らげて、終わりかけている繁華街へ繰り出す、夜に少し雨が降って、アーケードは埃臭い臭いがする、自転車の数人の若者たちが奇声を上げながら走り抜ける、まだ新しい自転車なのか、タイヤがタイルの上でバスケットシューズみたいな音を立てる、俺はレモンの味がついたミネラルウォーターを飲んでいる、水に金を払うなんて馬鹿なことだと思うかい?前に誰かにそう言われたことがあるんだ、お前んちの水道はただで飲めるのかって訊いたら何も喋らなくなったよ、みんな勘違いしているけど、皮肉って頭が良いやつしか言っちゃいけないものなんだぜ、百円ショップで要るのか要らないのかよく分からないものを幾つか買う、まだ開いている本屋を覗く、何時だろうが俺が寄る店は変わらない、数年前に小麦が食えなくなったから、レストランや居酒屋なんか入っても仕方ないしね、ただぶらつくだけさ、この通りで最後のCDの店がセールを始めている、その内店仕舞いするつもりなのかもしれない、唯一生き残っているデパートの家具売場や便利グッズ売場をぶらつく、賑わっているのはその二つぐらい、正直な話どうしてこの建物だけが生き残っているのかよく分からない、たまにやって来る物産展や質流れ品販売なんかで稼いでいるのかもしれない、そう言えば質流れ品販売の時に数珠と経文が売っているのを見たことがあるよ、そんなものいったい幾らになるんだろうね?駅の忘れ物市は面白かったな、傘とかボロボロのCDとか人形とかさ、今日は寝具の安売りみたいなことをやっていた、だからそこには立ち寄らなかった、デパートを出て、小さな呑み屋が並ぶ路地を歩く、平日だけどある程度賑わっている、昔はここにも歩けないくらい沢山の人間がうろついていた、スナックをやっていた俺の婆さんは、女と酒と食いものの店は潰れないっていう神話を信じていた、でもそれはちゃんと潰れた、勢いだけで生きてる連中ほど神を信じるってことなのかもしれないな、言わなくても良いことかもしれないけれど、あの婆さんはまったく好きになれなかった、葬式には出たけどさ、昔この一角にあった小さな店先で、朗読会をしたことがあった、店の中でやるのかと思ったら表通りに椅子が並べてあってさ、マジかよって思いながら何篇か読んだよ、マイクを使っていたから、近所の店はさぞかし煩かったろうな、そう言えばもう十年くらい朗読会をしていないな、変な流行風邪とかあったからね、よくやらせてもらった店はみんな潰れちまったし…まあそんな話はいいや、路地を抜けてアーケードに戻る、とはいえ、目ぼしい店はもうみんな覗いてしまった、あとは来た道をなぞって帰るだけさ、まあ、たまには喫茶店に入って珈琲を飲むこともあるけどね、嫌な街だよ、酒を飲む店は山ほどあるのに、珈琲が飲める店なんて夜はまず開いてないんだ、俺にとっちゃ大問題なんだが、道端で寝っ転がってるやつらにはどうでもいいことらしい、ま、あいつらは自分が楽しく生きることしか考えちゃいないからな、退屈している詩人の態度を厳守しながらさっきまで歩いてきた道を逆になぞる、見覚えのある女が居た、あれは多分、中学か高校かで同じクラスだったやつだろう、学年までは思い出せない、同じクラスだったことが思い出せただけでもよくやったというべきだろう、一度同じクラスだったという男に同じ街中で声を掛けられたことがあったのだけど、名前まで教えてくれたのに思い出すことが出来なかった、凄く後になって思い出したんだ、俺が初めてやったバンドでベースを弾いてくれたやつだった、もう一度会えたらあの時はごめんよと言おうと思ってるんだけど、地元には居ないらしくそれきり顔を見たこともない、中学でも、高校でも、俺は少し浮いてたと思う、目立たずに浮いていた、クラス、というくくりの中にどうしても上手く収まることが出来なかった、別にアウトローを気取っていたわけじゃない、自然にそんなところに収まってしまった、あの、有名な殺人犯が残した表現が一番しっくりくる、「透明な存在」っていうやつさ、知ってる?ブルース・スプリングスティーンも昔のインタビューで同じようなフレーズを使っているんだ、少年Aは知らなかったと思うけどね、まあそんなことはどうでもいいけど、多分俺はきっと、チームっていうものになれない人間なんだよな、たったひとりで動くことしか出来ない人間なのさ、そういう性格なんだろうな、集団ってさ、自分ってものをきちんと持ってるやつは機能出来ないようになってるんだよ、これは俺だから気付けることなんだ、だってほとんどの人間が、なにかしらのチームの中で機能出来ることが当り前だと思っているんだから、誰かと肩を組んだまま詩を書いている人間なんて俺は信用しない、そんなの決して正しいことじゃないっていつだって俺は思っているんだ。



自由詩 風が俺を撫でようとするときに友達と居てしまっては Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-09-05 22:21:48
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