百行詩。
田中宏輔

一行目が二行目ならば二行目は一行目ではない これは真である
二行目が一行目ならば一行目は二行目である これは偽である
三行目が一行目ならば二行目は二行目である これは真でもなければ偽でもない
四行目を平行移動させると一行目にも二行目にも三行目にもできる
五行目は振動する

六行目が七行目に等しいことを証明せよ
七行目が八行目に等しくないことを証明せよ
八行目が七行目に等しくないことを用いて六行目が七行目に等しくないことを証明せよ
九行目が無数に存在するならば他のすべての行を合わせて一つの行にすることができる これは真か偽か                   
十行目は治療が必要である

十一行目がわかれば十二行目がわかる
十二行目がわかっても十一行目はわからない
十三行目は十四行目を意味する
十四行目は読み終えるとつぎの行が十一行目にくる
十五行目はときどきほかの行のフリをする

十六行目は二通りに書くことができる
十七行目はただ一通りに書くことができる
十八行目は何通りにでも書くことができる
十九行目は書くことができない
二十行目は自分の位置をほかの行にとってかわられないかと思ってつねにビクビクしている

二十一行目は二十二行目とイデオロギー的に対立している
二十二行目は二十三行目と同盟を結んでいる
二十三行目は二十二行目と断絶している
二十四行目は二十一行目も二十二行目も二十三行目も理解できない
二十五行目は二十四行目とともに二十二行目と二十三行目に待ちぼうけをくわせられている

二十六行目は二十七行目と目が合って一目ぼれした
二十七行目は二十八行目が二十六行目に恋をしていることに嫉妬している
二十八行目は二十七行目に傷つけられたことがある
二十九行目は二十八行目とむかし結婚していた
読むたびに三十行目がため息をつく

読むたびに三十一行目と三十行目が入れ替わる
三十二行目は三十三行目の医者である
三十三行目は三十二行目の患者である
三十四行目は三十五行目の入っている病院である
三十五行目は三十一行目の行方を追っている

三十六行目は出来損ないである
三十七行目はでたらめである
三十八行目は面白くない
三十九行目は申し訳ない
四十行目は容赦ない

四十一行目は四十二行目と違っていて異なっている
四十二行目は四十三行目と違っているが異なっていない
四十三行目は四十四行目と違っていないが異なっている
四十四行目は四十五行目と違っていないし異なってもいない
四十五行目はほかのすべての行と同じである

四十六行目は四十七行目とよく連れ立って散歩する
四十七行目は四十八行目ともよく連れ立って散歩するが
四十八行目はときどき戻ってこないことがある
四十九行目は五十行目と散歩するときは寄り添いたいと思っているが
五十行目はそんなそぶりを微塵も出させない雰囲気をかもしている

五十一行目は慈悲心を起こさせる
五十二行目も同情心をかきたてる
五十三行目は寒気を起こさせる
五十四行目は殺意を抱かせる
五十五行目は読み手を蹴り上げる

五十六行目は五十七行目のリフレインで
五十七行目は五十八行目のリフレインで
五十八行目は五十九行目のリフレインで
五十九行目は六十行目のリフレインで
六十行目は五十六行目のリフレインである

六十一行目は朗読の際に読まないこと
六十二行目は朗読の際に机をたたくこと
六十三行目は首の骨が折れるまで曲げること
六十四行目はあきらめること
六十五行目はたたること

六十六行目は揮発性である
六十七行目は目を落とした瞬間に蒸発する
六十八行目ははずして考えること
六十九行目のことは六十九行目にまかせよ
七十行目は他の行とは分けて考えること

七十一行目は正常に異常だった
七十二行目は異常に正常だった
七十三行目は正常よりの異常だった
七十四行目は正常でも異常でもなかった
七十五行目は異常に正常に異常だった

七十六行目は七十八行目を思い出せないと言っていた
七十七行目は七十七行目のことしか知らなかった
七十八行目はときどき七十六行目のことを思い出していた
七十九行目は八十行目のクローンである
八十行目は七十九行目のクローンである

八十一行目は八十二行目から生まれた
八十二行目が存在する確率は八十三行目が存在する確率に等しい
八十三行目が八十二行目とともに八十四行目をささえている
八十四行目は子沢山である
八十五行目は気が弱いくせにいけずである

八十六行目は八十七行目とよく似ていてそっくり同じである
八十七行目は八十八行目にあまり似ていないがそっくり同じである
八十八行目は八十九行目とよく似ているがそっくり同じではない
八十九行目は九十行目とまったく似ていないがそっくり同じである
九十行目は八十六行目に似ていないかそっくり同じかのどちらかである

九十一行目はおびえている
九十二行目はつねに神経が張りつめている
九十三行目は睡眠薬がないと眠れない
九十四行目は神経科の医院で四時間待たされる
九十五行目はときどきキレる

九十六行目はここまでくるまでいったい何人のひとが読んでくれているのかと気にかかり
九十七行目はどうせこんな詩は読んでもらえないんじゃないのとふてくされ
九十八行目は作者にだって理解できていないんだしだれも理解できないよと言い
九十九行目はどうせあと一行なんだからどうだったっていいんじゃないと言い
百行目はほんとだねと言ってうなずいた


自由詩 百行詩。 Copyright 田中宏輔 2024-09-04 16:15:19
notebook Home 戻る