ふりかえる生長
soft_machine
生まれた時からバッハもピカソもあった訳です
赤ん坊の私がそれらに気づくまでの長い距離は
何かの原型でありそうだなと推察し終え
当時の感覚まで思い出されていたのです
座卓には抽斗がついており
女児が生まれる度に研いた枝を漆で覆った箸を並べ
頭の隅にはぼんぽん縦横に鳴る柱時計
塁上の影と雲をつき破る
スコップの歯につく鮮やかな血痕
どこかで肉親を知らない郭公が鳴いていたのです
愛情を一身に受けた罪を知らなくても美しい声
本当の嘘とはなにという
赤はいまにも黒となる
親と子との人間的接点で
それ以外の意味などなかった
突きつけられたのは笑っていられない呪いの羅列
あ、からん、までを数えて終わらせるような単純なものでなく
文字と文字のあいだにあたり前に潜む空白への接触を伴う
あ むずかしい
い かるすぎる
うもえも たいくつだ お
か これにしておこう と
ひともじ ひともじ
みがいてる ひかるまで
あとい あい むずかしい
いとう いう ぼんやり
えとおとか えとおとか
おえかきもおうたもすきだ
おとなのぴあのになりたいです
それからかえる
おうちにかえる
かべになげつけるのもかえる
おはなびはきらいだ
きれいなのにさわるといたいくせ
あっというまにきえるから
あまいにおいの女のひとにさらわれて
山のおくでおきすてられました
かえりはとらっくのに台にかくれ
しらない町でおちつきました
シンバルがあった訳だナイフもそろってた
ひらがなに慣れてゆくにつれ
次第に晴れてゆくと同時に
何も伝わらないものがあった
そうじゃないんだと叫びたいのに
ことばは既に檻であり刃であり飴と鞭であったから
暗い部屋で感じる、という経験に包みこまれる
苦い柿の実の本当の意味を握り潰した
未だに痺れたままの手のひらが
次の何かを掴もうとしている
それが簡単だと思えたこともある
絵と音がわだかまる日々とは異なって、このなないろの星で
時どき憎みながら
みじかい愛にくるしみ
思い出にしまうため切りとる
チェロよ、コローよ
空から鳩がまい降りて また落ち葉がゆれた