母のよこぐるま
そらの珊瑚
父が亡くなったと知らせをもらって
実家に帰ると
和室に父は寝かされていた
三年ほど入院していた病院は
実家の斜め裏にあり
歩いて約三分の近さだったけれど
父は生きて一度も家に帰ることはなかった
家に帰りたいとも言わず
機嫌の良い時はハロー
都合の悪い時はアイ・ドントノーとか言って
看護師さんを笑わせて
病室にテレビはあったが見ることもなく
窓の外に
ときおり鳥が飛んでいくのを見ることを
楽しみにしていたらしい
「大変だったんだよ、亡くなったお父さん、ストレッチャーに乗せて、病院から家までみんなで運んだんだから」
と親戚の人がいう
遺体をそんなふうに運ぶことに
よく許可が出たなと思ったが
きっと母がよこぐるまをおしたんだと思った
うちはすぐそこだから自分たちではこびます、とかなんとか
目に浮かぶ
母は自分がこうと思ったら曲げない人で
かつてわたしはなんどもそれに抵抗し
怒ったりしたものの
そのよこぐるまを押し返すことは
ついぞ出来なかった
惨敗するたびわたしはどこかをすり減らした
父が生まれ育ったふるさとの道を
母のよこぐるまでがらがらと運ばれていく
ごつごつしたアスファルトの上を行くには
たよりなさげなキャスターが
肉体だけになった老人を運ぶ
パン屋を過ぎて 運ぶ
花屋の角を曲がる 運ぶ
お天気は晴れ 運ぶ
通りすがった人は不思議そうに見ただろうか
空に鳥は飛んでいただろうか
最終目的地まで さんぷん
おかえり
かなしいはずなのに目から水滴は出なかった