世間
湯 煙
今となってはなぜ守衛室にいたのか定かには思い出せない。工場の守衛だった恰幅のよい年配のおじさんが、正門を出入りする人や車両をよそめに僕たちアルバイトの三人に聞かせた。とつとつと、しかしはっきりとした口ぶりで言い放った。人は皆自分のことしか考えてない、あてにならんもの、だから、あんたらも大変かもしれんけれども、自分のことは自分でやっていくしかない、誰もあてにできんよ、と。突然だったからか、冷徹な言葉一つ一つにもっともらしく頷きながら、僕らはただただ、ぱりぱりと剥がれ落ちる室内の、割れんばかりにはりつめたまぎれもない空気に黙りこんだ。
どれほどの年月が過ぎたのか、僕は、あれこれしながらどうにか生きてきた。おじさんが放った言葉は、正しいと思う、正しくない、とも。そしてこれまで、あのような事を、言葉を、聞くことはなく、話すことも。
今でもおじさんは狭い守衛室のなかで人や車両をチェックしているだろうか。今朝はとてもとても寒い冬の朝だ。