初めから舗装道など選んで歩くような人間じゃないんだ
ホロウ・シカエルボク


感情は初めから歪んでいた、自分以外の誰かと居ると誤差ばかりが目についた、おそらくは幼いころから、欲しいものははっきりしていた、でもそれをどんな風に話せばいいのかわからなかったから詩を書くようになった、欲しいものははっきりしていた、おそらくは生まれてすぐに死線に手をかけたときから、ずっと…暗い夜に学ぶことが多かった、痛みに学ぶことが多かった、まるで自分の人生で観察実験をしているような日々だった、そうだ、感情は初めから歪んでいた、そして、装われていた、様々な気分を装いながら、腹の底では白けていた、本当の意味で心を揺さぶってくれるものは限られていた、それは例えば台風の日のグラウンドの景色だったり、間近で見た交通事故の瞬間だったりした、見飽きた景色が歪むとき、怯むとき、崩れるとき、心は激しく震えた、いつだって断層から世界を眺めているような気がしていた、でも本当はきっと、断層そのものを求めていたのだ、世界と世界との境界線、それを見つめることが必要だったのだ、辺りを見回してもそんなものがまるで目に入らない時もあった、そんな時はただただ虚空を眺めているだけだった、穴の開いた胃袋に食いものを送り込み続けているみたいな焦燥感が常につきまとっていた、そして不思議なことに、これまで一度もそれを不快に思ったことがなかったのだ、それが自分を生かしていることが理解出來ていた、もちろん、とても朧げにではあったけれど…子供の頃から幸せな物語は嫌いだった、そこには嘘しか書いていない気がした、あるいは御伽噺のような―そんな言い方は傲慢かもしれない、それが自分の求めているものではなかったということなのだろうから―喪失に惹かれた、あまり完結していない物語に惹かれた、そこにきっと自分が欲しがっているものがあるのだと…それと同時にいつでも、欺かれている、という気がしていた、或いは、誰かが自分を欺こうとしているという、予感のようなものだったかもしれない、例えばそう、教壇に立つ誰かがある行動を指示したとする、すると誰もがそれを疑うことなく指示された通りにきちんと動いてみせるのだ、それはとても奇妙な光景に見えたし、自分がその中で同じように動くのだと思うだけで身の竦む思いがした、本当にそれはとても奇妙なことのように思えたのだ、いまにして思えばその違和感は、正解が最初に提示された状態であったところから来ていたのだと思う、ここに従え、ここを目指せ…そんな教義が一人の人間の真実に近付くわけがない、そんな無意識下での確信がそんな違和感を呼んだのだ、集団生活、調和、円滑に物事を進めるためだけの教育、社会の一員として何不自由なくやっていけるだけの規律と従順―そこにあったのはたったそれだけのものだった、そしてそれは絶対的なものとして語られた、なにを疑問に思うことも無い純朴な少年少女たちを騙くらかすなんて簡単なことだったのだ、社会人は義務教育によって量産され続けた、どれだけ潰れてもまだ代わりはいくらでも居た、人間は使い捨てのコマだった―誰か異論ある?ここに染まってはいけない、それははっきりしていた、時と場合によって自分を閉じることを覚えた、自由な世代に浮かれる連中を冷めた目で見つめているだけだった、自分自身という呪縛からは逃れることが出来なかった、けれど、そんな鬱屈とした時代を過ごしておいて本当に良かったと思う、好き放題やって欲望を食らい尽くした連中が、時代や年齢に負けて醜く諦めて浮腫んでいく姿を見るにつけ…誰かと、或いは大勢の共、同僚たちと価値観を共有することで自分が出来上がっていると誤認するやつら、そんなやつらと口をきく必要がある時は、ひたすら相槌を打っていればいい、カンのいいやつならそれでこちらの考えていることぐらいは理解出来る、もちろん、カンのいいやつなんて数えるほども居ないけれど…誰も居ない場所を選び、ただただ自分の内奥を見渡しては、語りかけてきたものを吐き出してきた、そんなことを繰り返していると見えて来る真実が―これだけは間違いないと断言出来る真実がひとつだけある、それは、他人など必要ないというものだ、もちろん、そんな環境に身を置くことは容易ではない、けれど、根幹にそういうものを持っていないと、自分の中に深く潜ることなど出来やしないだろう、これは自分一人のものだという意識が、さらに深く、さらに次へと段階を追いかけ続けるのだ、感情は初めから歪んでいた、その原因はなんだ?誰かと、あるいはどこかのコミュニティと照らし合わせて誤差を図っていたからだ、仮に人間が世界中に一人しか存在しなければ、そいつ自身が人間の正解となるだろう、俺には詩人としての名前がある、つまり俺は、この世界にただ一人なのだ、歪みや、不明瞭な線や、明言出来ない無意識下の蠢き、それらすべてがこの世界の中で息づくとき、きっと俺は中毒者のようにこの指でキーボードを叩き続けるだろう。



自由詩 初めから舗装道など選んで歩くような人間じゃないんだ Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-06-22 15:00:12
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