閃篇5 そのさん
佐々宝砂
1 岐路
私は毎日岐路に立つ。朝の窓を開け放ったとき、お昼どきのコンビニで小銭を落として放置したとき、アサヒとキリンとサッポロとサントリーとどれにしようか悩んで結局奮発してヱビスにしたとき、私は毎日どころか毎分ごとに岐路に立ち、朝の窓を開けない私、小銭をきちんと拾う私、ヱビスじゃなくてバドワイザーを買う私、無数の私が無数の宇宙で、さらに毎秒ごと岐路に立ち分裂してゆく。
2 駅のホームで
駅のホームでぼくは電車を待っていた。冬の風がぼくたちを揺すりぼくは目にゴミが入ったような気がした。それでぼくは俯いていた顔をあげて目をこすった。そのときぼくの目に忘れられない光景が飛び込んだ。少女なのか女性なのか微妙な年頃のスカート履いた脚がホームを歩いて…歩いて…何もない空中を歩いて、歩き去っていった。ぼくはぽかんと口を開けて見ていた。びっくりして近くにいた人に「あの人空中を歩きましたよね!」と言ったけど無視された。ぼくはできれば自分の目を信じたい。
3 屋根裏のオルゴール
屋根裏の古ぼけた棚を片付けていてオルゴールを見つけた。ゼンマイは固まってなかったので巻いてみると、聴いたことがあるようなないような曲が流れ始めた。聴いたことが…たぶん…なくはないが、思いだそうとすると頭痛がする。こめかみを揉みながら顔を上げると、カーテンの影から夜より暗い影が染み出してきた。思い出してはいけない。思い出してはいけないということだけ今は思い出せるが、きっとそれだけでは私は助からない。
4 朝日の温もり
何年振りだろうかと自分に問うてみるが、思い出せぬ。Interview with the Vampireを見たとき映画の朝日では感慨はあまりないなと思ったのを思い出すが、あんなのはごく最近のことだから思い出せるだけだ。長く生きた。もう消えてよいと思う。カーテンを開けて東の空を見つめる。日が昇ってくる。案外暗い。思い出にある朝より寒い。しかし確実にこの身を焼く朝日、その温もりの懐かしさよ。
5 やりたいこと
todoアプリを使うのが苦手でゲームっぽくなってるのとか予定をこなせたらごほうびもらえるのとかやってみたけどダメで、やりたいことってなんだろなあと呟いたらスマホが反応して言い出すには「やりたいこととやるべきことは別です」、そうだよね、なんで忘れてたかな、やりたいことは決まってんのよ、秘密結社のトップだもんあたし、目指すは世界征服と人類絶滅! でもとりあえず晩御飯つくろ。
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