波打つ胸へ沈む、船が
パンジーの切先(ハツ)

 英子おばさんの胸を破って、無数のレオが現れる、

  三等船室でこの上なく楽しくポルカを踊り、
 憂鬱の種をめざとく見つけだして、死を迎えるロミオが、
パイロットの制服を着て、離陸の瞬間に肩の高さで両手を伸ばす、

 英子おばさんのひだり手の薬指には、長年つけてきた指環のへこみがあり、それをつけてやろうと、

 彼女の胸の前で、蝶々結びにされていた両手の指を、わたしが一本ずつほどくたび、新しいレオがあらわれては、病室を歩き始める、

  狭い病室を歩くことに倦んだレオ(のうちひとり)は、廊下へ出て、患者たちが食事を食べるテーブルまであるき、そこにずらりと並んだ、

 フォーク、フォーク、フォーク  ナイフ、ナイフ、ナイフ
 の群れを見つけると、小さな声で隣に座った老女へ、どちらから使えばいいの、と尋ねている、

 これ以上のレオの流出は、命にかかわるというのに、英子おばさんの指をほどききってやることへのわたしの執念はとどまることを知らなくて、また新たなレオが、

 昔の恋人を忘れられずに、ずぶ濡れであらわれて、病室をぐっしょりさせた、

      (レオ、レオ、レオ!)

 英子おばさんの胸は波うち、タイタニックが沈んでいくにふさわしいようなつめたい水面になる、
 わたしにできることは、気を確かにすることしかなくて、一心不乱に彼女の指をほどき続けているうちに、【終幕】

(Leonardo Wilhelm DiCaprio)

と刻まれた指環が金庫の中で、唯一の現実として存在している、


自由詩 波打つ胸へ沈む、船が Copyright パンジーの切先(ハツ) 2024-06-03 22:35:39
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