迷宮の蜂
ただのみきや
霧のなかで羽ばたく
ふるえる声
光の底に沈んだ
夜の鱗揺らして
一枚のガラスのよう
結露した
時間
鏡にしかなれない
いつも裏返ったわたしたちの
化石のような孤独 甘い菓子
緑は燃え
真昼までささやいた
蜘蛛の巣をたわませる
奇跡の重さ
空気の宝石
掌で散って
残らない
蝶のように
糸は溶ける
縫う針の痛みの記憶だけが
去る夢の
気流に触れて
赤く見開いて
天を凝視する
花
覗くわたしを覗く
花
わたしを貪る花よ
太陽を支え
宇宙の真中に在る
花 いま
いつくしむべき輪郭を失くし
血のようにわたしのなかにこぼれ出す
花よ
その目のなかの夜よ
ことばとはいつもずれがある
影や鋭い照り返しのように
飛び立った蝉と
飴色の抜け殻のように
遺書と残り香のように
そしてこころとも
産んだ子が
自分ではないように
風にあやされ
たどたどしい足取りで
木蔭をくぐり抜け
日向の芝草を踏みながら
幼子の和毛につもる日の光を
目に収めきれず
瞑る 夜の
池に浮かんだ
得体の知れない水音のように
泣く夢を
目覚めてもなお
扉はなく
開きっぱなしの窓ばかり
(2024年5月18日)