鏡像(6)「あだっちゃん」③
リリー
「Uさん、こんにちは!ちょっとお邪魔してもよろしいですか?」
居室の木戸をノックし在室を確かめて引き戸を開ける
同室のGさんは先ほど入浴日なので脱衣所へ
職員に誘導されて行かれる姿を目にしていた
畳へ上がらせてもらい膝歩きでレース編みなさっているUさんの
そばへ近づく
「Uさん、お腹痛いのぉ。」
しょんぼりする私の顔を見ると
すかさず聞いてくれる
「どうしたんやな?」
「うん。今日二日目なんですよ。」
「大変やなあ!あたしら、もう枯れてるけど。」
「うん。入浴介助で短パン汚れたらアカンやろ…、紙パンツさ、譲ってぇ。」
「そやな、いいで!持って行き持って行き、ほら!」
尿もれ用紙パンツを二枚もくれる
着替えへ急ぎ居室を出ようとする私の背中に
「ちょっと待ちよし!」
Uさんは部屋の隅の整理棚から紙袋を手に取ると
「あだっちゃんコレ、食べて頑張っといで!」
チョコレート菓子の箱を差し出して一粒くれるのだ
二時間以上ぶっ通しで中腰や屈む体位の続く業務
浴室清掃を終えれば、汗でシャワーを浴びたような状態になる
私が着替えを済ませ帰り支度をすると
館内の廊下には食堂ホールの待合スペースへ
ぞくぞくと集まって来る入居者達
暮れどきにはまだ早い雨上がりの中庭で
時が 駆け足する
全介助の方達のオムツ交換を済ませた職員が
館内を往復しながら車椅子の方々を夕食へ誘導する
「おおっ、並んでるなあ!ポルシェ、フェラーリ、
ランボルギーニ。カッちゃんのは、ベンツやな。」
十数台以上並ぶ車椅子を、眺めて笑う寮父
この頃から、介護は女性の仕事という認識の強かった
施設現場に男性も加わるようになってきた
国のさまざまな制度改革が成される一歩手前の
まだ現場で働く者達の実態が、厚い壁の向うにある過渡期であった。