花が咲くまで
◇レキ
ちょっと前まで風船は鉄球だった
少女はそれを引きずって暮らしていた
今は風船は空気で満ちて
陽射しを浴びるだけで割れそうなくらい
薄い皮膜はつるりとしている
軽く紐を手に絡ませて歩けば
そよそよと風船は浮いてついてくる
もう微かになった傷跡のように
あとあるのは雑然とした街
生きる目的の代替物のような欲望やエゴ
人々の中で生きていくための建前のような優しさや配慮
どちらも不完全なまま少女は街を歩き始めた
よそいきの真っ赤に白い袖のスカートで
風船を手に持って
※
風船はとうの昔に割れてしまった。
でも風船の中に入っていた小さな種と
小さく縮れた風船の残骸は今もポケットに残っている
死とそっくりの孤独
ひたひたとついてくるようになった
死にたくないから生きている
歩くことだけが倒れない方法だった
※
誰もいなくなった砂漠
昼は熱いし夜は寒い
でも別に私は気にしていない
真っ赤で白い袖の
もう丈の合わないスカートを履いて
下を向き慣れた足取りでただ歩き続ける
ひたすら丘を上って、下って
素足から血が出ることもなくなった
かつて後を追ってきた孤独は影として私の一部になった
見向きもせずに風は吹き抜けていくだけだ
夜星々が私の一人ぼっちを突き付けてくる
※
よろめいてスカートの小さなポケットから
風船の残骸と一緒に砂粒のような種はこぼれた
砂漠であることを知れず
落とされてしまった種は
一時の雨に芽生えてしまった
茎を伸ばして、眩しい
もがくように細い根を生やす
夜逐一凍えて
昼絶えず焼かれた
その苦しみを自覚すらできず
やがて何かの勘違いのようにあてもなく
それでも小粒の花をぽつぽつと咲かした
その日は沢山の朝露が降りた
世に露呈した痛々しいピンク色は朝露の味を知る
歩き続ける少女にも
今日は沢山の朝露が降りていたよ