のらねこ物語 其の二十四「おりん」(二)
リリー

 「そうだったのかい。清吉さんて…たしか、縁日で逢った時
  おりんちゃんと一緒だった、あの手代さんだよね。」

 勇次は、縁日でおりんから紹介された事のある
 清吉の顔だけは知っていた
 「真っすぐな目をした優しそうな人だよね。」

 清吉は今年十八
 実直な気質で売り掛け先から信望を得て
 番頭達からも可愛がられていた
 手代衆の中には そんな清吉を
 妬む年上の手代もいたほどである 
 そのために 店で大人しく頭を下げる事が多い清吉は
 丁稚達からも親しまれていた

 おりんが近江屋へ奉公に上がったばかりの頃から
 清吉は彼女に優しかった
 「清さんが私に優しいのは、妹みたいに思えるから。
  上州の旅籠屋に奉公に出て便りの途絶えた妹さんを
  ずっと気にかけてらっしゃるから。」

 「うん。それもあるだろうけど。それだけかな?
  だって、おりんちゃん縁日で会った時、つりしのぶ
  提げてたろ。あれって、清吉さんが買ってくれたんじゃ
  ないのかい?」
 「はい。」

 清吉が縁日で買ってくれた釣り忍は 女中部屋の軒に
 吊るしてあるのだった

 勇次は 俯くおりんの横顔に
 ちょっとの間を置いてから こう言った
 「おりんちゃんのさ、素直な想いをそのまんま
  伝えてみたらどうかなぁ?」

 頷かないおりんは小声で答える
  
  想いを伝えたりして、清さん優しいから、
  店でほっこり出来る相手だった私と気まずくなって
  困るかもしれない。
  そのまま離れてしまうの、嫌なんです。

 「うん。分かるよ。けどさ、後悔しないのかい?
  何も言わないままで、離れちゃってさ。」
 おりんは俯いたまま 返事をしない

 二人が話している境内の 一隅にある
 石の柱を寝かせた様な二人掛けのベンチ
 「あっ、なんだ!こんなところに、猫がいるよ!」
 勇次が気配に気付き 首を後ろへ回して立ち上がった
 「ほんと!いつからいたのかしら?」
 おりんも猫へ 目を落とし眺めるのだ

 そこには 眠ってでもいるのか
 丸まって目蓋を閉じたままの茶トラ猫が逃げもせず
 石のベンチへ身を寄せているのだった
 

 注1)つりしのぶ=竹などに苔を巻きつけ忍草(シノブと呼ばれるシダ植物)
     を集めて、その根を束ねいろいろの形につくり涼感を得るもの。
     これに風鈴を吊るすこともある。
     江戸時代でも好きな女を縁日へ誘い、つりしのぶ や 
     ほおずきをプレゼントした。


自由詩 のらねこ物語 其の二十四「おりん」(二) Copyright リリー 2024-02-22 09:23:04
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