のらねこ物語 其の十九「近江屋」
リリー
「いいやッ、いやいやっ、何と!なんなんじゃ?
気持ちわるい掛け軸ではないかっ!」
「あなた、…ふたりの話、ほんとうだったんですね…。」
翌日、掛け軸の吊るされる居間で
呆気に取られ立ちつくす
旦那様と奥様
昨日 並んで泳いでいた金魚は
一匹がガラス鉢の底で昼寝をしていて
もう一匹は昨日と体の向きを変えている
「おお、これは…こわいっ!」
表情こわばらせる旦那様へ寄り添う奥様
「あなた、客間に吊るしてみませんこと?
お客様にお見せしてみましょうよ!」
いったい誰が、この掛け軸を描いたのか?
と お二方とも知りたがった
おりん達は「旅の御隠居」としか答えよう無かったのだ
そんな馬鹿な事、あるわけがない
客人達も最初は相手にしなかった
けれども 店へ訪れた翌日に
立ち寄ってみれば
ガラス鉢の金魚は配置を変えている
「これは、すごいぞ!」
興味本位で店を訪れる町の人や武士たちが増えた
すると この一帯では六間口ある表店
タバコ屋の近江屋は、不景気の煽りを受けていた経営が
少しずつ安定してきたのだ
これを羨んだ 通りを跨いで真向かいにある
四間口の鰹節屋、この大野屋が近江屋に対抗して
うちも何か客寄せの目玉になる物を置こう
ということになった
大野屋の主人は仙台城下の名人で彫刻師
飯田丹下に願い出て 立派な虎を
掘ってもらう事にしたのだった。