のらねこ物語 其の十三「金魚玉」(二)
リリー

 夕映の 風にそよぐ
 お堀端の柳の枝は青々として
 「今夜も、蒸すのかね…。」

 低く重なった綿雲を見る
 蔦吉の 下駄の鼻緒は切れていた
 「仕方ないね。」
 下駄を脱ぐ右足

 「待っておくんなさい。」
 背後から呼びかける若い男の声

 挨拶する男は膝まずき
 切れた鼻緒の下駄を預かると
 自分の太腿へ 裸足をのせるように促した
 懐中から取り出す手拭いを割いて
 直し始める男を 見下ろす蔦吉

 「あんた、名前なんてんだい?」
  あんたって、綺麗な目してるねぇ。
  これ、さっき金魚売りがくれたんだけど。
  あんたにあげるよ。
  なんでも、ちょいと珍しい金魚玉らしいんだよ。

 「番頭になりゃ、あんた清介だね。きっとね、あんたの前に
  道が開けるよ。」

 鼻緒の直った下駄に足を入れる蔦吉は
 「あっ、あの猫、またメザシ咥えて逃げてるよ!」
  
 お堀の柳の幹の蔭に隠れるトラ
 辰巳芸者の蔦吉姉さんと並んで眺める清吉は
 この時、初めてトラを見た

 「あの茶トラ猫に、この間煮干しやって頭撫でようとしたら
  手の甲引っ掻いて逃げやがった。
  甘えん坊みたいな顔してるのに、人に慣れてないね。」
 


自由詩 のらねこ物語 其の十三「金魚玉」(二) Copyright リリー 2024-02-17 14:00:15
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