青い墓標
TAT









































ゲット・アップ・ルーシー

『われわれが一度きりの人間以上のものでないとしたら、われわれのだれもが一発の銃丸で実際に完全に葬り去られうるのだとしたら、物語を話すことなんか、なんの意味も持たないだろう。しかし、すべての人間は、彼自身であるばかりでなく、一度きりの、まったく特殊な、だれの場合にも世界のさまざまな現象が、ただ一度だけ二度とはないしかたで交錯するところの、重要な、顕著な点なのだ』






フリー・デビル・ジャム

『一方、もう一つの世界は、すでに私たち自身の家のまん中で始まっていた。しかもまったく異なっており、異なったにおいがし、異なったことばを話し、異なったことを約束し、要求していた。この第二の世界には、女中や職人の弟子がいた。お化けの話や人聞きの悪いうわさがあった。そこには、並みはずれた、そそのかすような、恐ろしい、なぞめいたことが、色とりどりに無数にあった。屠殺場と監獄、酔っぱらいと口ぎたなくののしる女、お産する雌牛、倒れた馬などのようなもの、押込み強盗、殺人、自殺などの話があった。こうしたさまざまの、美しい、気味わるい、乱暴なむごいことは、そこらじゅうで、隣の路地や家でも行われていた。巡査や浮浪人が走りまわり、酔っぱらいが女房をぶち、若い娘たちのかたまりが夕方工場から流れ出て来た。老婆が人を魔法にかけ、病気にした。強盗が森の中に住んでいた。放火者がおまわりにつかまった。ーーいたるところでこの第二の激しい世界はわき立ち、におっていた。いたるところで』





ブライアン・ダウン

『悪魔というものを思い浮かべるとき、変装をしているにせよ、正体を示しているにせよ、それは下の往来、あるいは年の市、あるいは料理店にいるものとこそ考えられたが、私たちのうちにいるものとはけっして考えられなかった』





アウトブルーズ

『そこへ大きい少年がやって来た。十三歳くらいの強い荒っぽい子で、小学校に行っている、仕立屋の息子だった。彼の父親は酒飲みで、家族全体が悪い評判を受けていた』

『彼はもうおとなの挙動をし、若い職工の歩きぶりや物の言いようをまねしていた』





コブラ

『ねえ、おまえは、おれが自分で二マーク銀貨を作ることのできるにせ金つくりだとでも思ってるのかい?おれは貧乏人なんだ。おまえのように金持ちのおやじを持っちゃいないんだ。二マークもうけられるもんなら、もうけなくちゃならないんだ』

『金をやってわが身を救うほかはないと、私は感じ、絶望的にからだじゅうのポケットに手をつっこんだ。リンゴ一つ、ナイフ一つなかった。まったくなにもなかった。そのとき、時計が頭に浮かんだ。それは古い銀時計だった』

『おれが言わなくったってよく承知してるじゃないか。おれは二マークもうけることができるんだぜ。それを捨ててしまうほどおれは金持ちじゃないんだ。そりゃわかってるだろう。だが、おまえは金持ちで、時計まで持っている。二マークおれにくれさえすればいいんだ。それで万事かたづくんだ』



トカゲ

『「それはおれには関係ないことだ。おまえを困らせようというんじゃない。おれは実際お昼前に金を手に入れたいところなんだ。おれは貧乏なんだ。おまえはきれいな着物を着ているし、お昼にはおれより上等なものが食えるんだ。だが、なにも言うまい。どっちみちおれのほうは少し待とう。あさっての午後口笛を吹くから、そのときはかたをつけろ。おれの口笛を知ってるな?」彼は口笛を吹いてみせた。私はそれをなんども聞いたことがあった。「うん知ってるよ」と、私は言った。私なんか物の数でもないように、彼は立ち去った。ふたりのあいだには一つの取引きが行なわれたのであって、それ以上のなにものでもなかった』





バードランド・シンディ

『私たちのラテン語学校に、少し前ひとりの新しい生徒がはいって来た。彼は、私たちの町にひっこして来た裕福な寡婦の息子で、そでに黒い薄ぎぬの喪章をつけていた』

『この一風かわった生徒は外見よりはずっと年長らしく、だれにも少年だという印象は与えなかった。私たち幼稚な少年のあいだを、おとなのように、否むしろ紳士のように、異様に、できあがった様子で立ちまわっていた』





GT400

『「ぼくたちはもうここまで来たんだから、ただ一つだけもう一度言っておきたいーーきみはあいつから離れなきゃいけない!ほかにしようがなかったら、あいつを打ち殺してしまえ!きみにそれがやれたら、ぼくは感服し愉快に思うね。ぼくはきみに助力してもいいよ」私はまた新たな不安を覚えた。カインの物語が突然また頭に浮かんだ』



1977

『クローマーの口笛は私の家にもう聞こえなくなった。一日、二日、三日、一週間も。私はそれを信じようとはしなかった。そして、もうまったく予期していないときにいきなり彼がまた現われはしないかと、心の中で警戒していた。しかし彼は依然として現われなかった』





夜明けのボギー

『いずれにしても、私はその中で、生きた精神を味わい、革命を味わった。私はあの晩を極度にはっきりとおぼえている。どんより燃えているガス燈のそばを通って、冷たく湿っぽい夜おそく、ふたりが帰路についたとき、私ははじめて酔っぱらっていた。それは快くはなく、ひどく苦しかったが、それでもやはりなにか、ある魅力、ある甘さを持っており、反逆であり、騒宴であり、生命であり、精神であった。ベックは私を、よくよく新米だと、にがにがしくののしりながらも、かいがいしく介抱してくれた。そして、半分かかえながら私を家に連れて帰り、あいていた廊下の窓から、うまく私もろともこっそり家の中に忍びこんだ』







ウエスト・キャバレー・ドライブ

『その中にはなんといっても、感情があり、炎が燃え上がり、心臓が鼓動していた。私は思い乱れながら、みじめさのただ中で、解放と春のようなあるものを感じた』



深く潜れ

『ふたたび私はすっかり暗い世界と悪魔の仲間になり、この世界ではすばらしいやつとして通った』







裸の太陽

『それは悪夢のようだった。汚れと粘つくもの、こわれたビールのコップと毒舌にしゃべり明かされた夜々とを越えて、私は、魔法にかけられた夢想者なる自分が、醜い不潔な道をおちつきなく悩ましくはって行くのを見た。お姫さまのところへ行く途中で、泥水のたまりや悪臭と汚物に満ちた裏路地に立ち往生してしまう夢がある。私はそんなぐあいだった』









ジプシー・サンディー

『なにもかもおもしろくなかった。父の書斎での父との問答もおもしろくなく、にがにがしかった。二、三の親類のあいさつもおもしろくなかった。とりわけ、クリスマスの前夜はおもしろくなかった』


『私にとってはすべてが苦痛で迷惑だった。贈り物もお祝いのことばも福音もあかりのついている木も。みつのはいったお菓子は甘いにおいがし、甘い思い出の濃い雲を発散した。モミの木はにおわしく、いまはもう消えうせた事柄を物語っていた。その夜とクリスマスのお祝いが終ってくれることを私は待ち望んだ』









リタ

『あがめる像のどれいとして、召使としてであるにすぎぬにせよ、私はふたたび自分自身をわが家とするようになった。ある種の感動なしにはあの時期を思い出すことはできない。私はふたたび、心からの努力をもって、崩壊した生活の一時期の残骸の中から「明るい世界」を築こうと試みた。私はふたたび、自分の中の暗いものと悪いものをかたづけて、完全に明るいものの中にとどまろうという、ただ一つの願いにひたり、神々の前にぬかずいて暮した』








ジェニー

『私は絵を描き始めた。自分の持っているイギリスのベアトリーチェの肖像があの少女に十分似ていないということが、ことの始まりだった。私は彼女を自分のために描いてみようと思った』



ミッドナイト・クラクション・ベイビー

『美しい紙や絵の具や絵筆をそろえ、絵の具板やコップや陶器のさらや鉛筆を準備した。買って来た小さいチューブ入りの美しいテンペラ絵の具が私をうっとりさせた。その中に燃えるようなクローム緑があった。それがはじめて小さい白いさらの中で輝いたさまが、いまなお目に見えるようだ』






カリプソ・ベイビー

『ついにある日ほとんど無意識に、これまでのより強く私に話しかける一つの顔を仕上げた。それはあの娘の顔ではなかった。とっくにそうでないことになっていた。ある別な、非現実的なものだったが、貴重なことには変わりなかった。少女の顔というよりは、少年の頭のように見えた。髪は私のきれいな娘のような淡い金髪ではなく、赤みがかった色あいのトビ色だった。あごは強くしっかりしていて、口は赤く花を開いたようだった。全体はいくらかかたく、仮面のようだったが、印象的で神秘的な生命に満ちていた。できあがった絵の前にすわると、不思議な印象を受けた。それは神々の像、あるいは神聖な面の一種のように思われた。なかば男性、なかば女性で、年というものがなく、夢想的であると同時に意志の強さを持ち、秘めた生気を持つと同時にこわばっていた。この顔はなにか私に言うことを持っていた。それは私のものに属し、私に要求を提出していた。だれかに似ていたが、それがだれであるかはわからなかった』







G.W.D

『その夜、私はデミアンと紋章の夢を見た。紋章は絶えず変わった。デミアンはそれを両手にとっていた。小さく灰色だったかと思うと、ひどく大きく多彩だったが、いつも同じものだと、彼は私に説明した。最後に彼は、その紋章を食えと、私に強要した。それを飲みこんでしまうと、飲みこまれた紋章の鳥は私のからだのなかで活動を始め、私のからだじゅうにひろがり、内から食いへらしだした。それを私は非常な驚きをもって感じた』







ミッドナイト・コンドル

『私はそこで新しい紙に紋章の鳥を描き始めた。それが実際どんな格好をしているか、私はもうはっきりは知らなかった。それは古くてたびたび色を塗られたので、近くから見てもよく見分けられない所がいくらかあったことを私はおぼえていた。鳥はなにかの上に、おそらく花の上か、かごか、巣の上か、木のいただきに、立つかすわるかしていた。私はそんなことは意に介せず、はっきり頭に残っているものから描き始めた。ばくぜんとした欲求から私はすぐに強い色でかきだした。鳥の頭は私の紙の上では黄金色だった。気のむくままにかき続けて、数日で仕上げた。できあがったのは、するどい精悍なハイタカの頭をした猛鳥だった。それは半身を暗い地球の中に入れ、その中からさながら、大きな卵から出ようとするかのように苦心して脱け出ようとしていた。背景は青い空だった。その絵をながく見つめていればいるほど、それは夢の中に出てきた彩色の紋章であるように思われた』





ヴェルヴェット

『私は紙をもてあそびながらなんの気なしに開くと、中に少しばかり文句が書いてあった。私はそれにまなざしを投げると、一つのことばに吸いつけられ、驚いて読んだ。私の胸はひどい冷気をあびたように運命の前に縮みあがった。「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」この数行をいくども読んだのち、私は深い瞑想に沈んだ』



ベイビー・スターダスト

『そのときデミアンは、われわれはあがめる神を持ってはいるが、その神は、かってに引き離された世界の半分(すなわち公認の「明るい」世界)にすぎない、人は世界全体をあがめることができなければならない、すなわち、悪魔をも兼ねる神を持つか、神の礼拝と並んで悪魔の礼拝をもはじめるかしなければならない、と言った。ーーさてアプラクサスは、神でも悪魔でもある神であった』





ラプソディー

『それは天使と悪魔、男と女とを一身に兼ね、人と獣であり、最高の善と極悪であった。これを生きることが自分の持ちまえであり、これを味わうことが自分の運命であるように思われた』



ブラック・ラブ・ホール

『町を歩いているとき、町はずれの小さな教会からオルガンの響いて来るのを二、三度聞いたことがあった。止まって聞きはしなかったが、そのつぎに通り過ぎると、また聞こえ、バッハがひかれているのがわかった。門まで行くと、しまっていた。その小路はほとんど人通りがなかったので、私は教会のそばの縁石にこしかけ、オーバーのえりを立てて耳をすました。大きくはないが、いいオルガンだった。意力と粘りのある独特な極度に個性的なーー祈りのように聞こえる表現を伴う、すばらしい演奏だった。その中でひいている人は、この音楽の中に一つの宝が秘められているのを知って、自分の生命を求めるようにこの宝を求め、そのためにオルガンをたたき努力しているのだ、というふうに、私には感じられた』







リリィ

『いや、ぼくは音楽を聞くのが好きです。もっともあなたのひくようなぜんぜん制限されない音楽だけです。人間が天国と地獄をゆすぶっているのが感ぜられるような音楽です。音楽は、いたって道徳的でないから、ぼくにとって非常に好ましいのだと思うのです。ほかのものはすべて道徳的です。ぼくはそうでないものを求めているのです。ぼくは道徳的なもののためにいつも苦しむばかりでした。ぼくは自分の気持ちをよく言い表わすことができません。ーー神と悪魔とを兼ねるような神がなければならないことをご存じですか。そういう神があったということです。ぼくはそれについて聞いています』






アンジー・モーテル

『彼はマッチをすって、彼の寝ている前の暖炉で紙と割り木を燃やした。炎は高く燃え上がった。彼は火を非常な慎重さでかき起こし、割り木をそえた。私は彼のそばにぼろぼろなじゅうたんの上に横たわった。彼は火を見つめていた。私も火にひきつけられた。私たちは無言のまま一時間もゆらゆらと燃えるまきの火の前に腹ばいになって、炎が音を立てて燃え、やがて低く倒れ、ゆらゆらと消えていき、ぴくっとしたかと思うと、静かな赤い火となって底の方に沈んでしまうのを、ながめた』







夜が終わる

『私は目をすえて火を見つめ、夢と静寂の中にひたり、煙と灰の中にさまざまの姿かたちを見た』

『小さい細い炎がぱっと燃え上がった。私はその中に、黄色いハイタカの頭をした鳥を見た。消え行く暖炉の火の中で金色に燃える糸が網になり、文字や形が現われ、さまざまの顔や動物や植物や虫やヘビの記憶を呼びおこした』












リボルバー・ジャンキーズ

『それですぐぼくだということがわかったのかい?』
『むろんさ。きみは変わったけれど、きみにはしるしがあるじゃないか』
『しるし?どんなしるしさ?』
『ぼくたちが昔カインのしるしと呼んだしるしだが、おぼえているかね。ぼくたちのしるしさ。きみにはいつもそれがあった。だからぼくはきみの友だちになったのだ。ところが、いまじゃ、それがいっそうはっきりしてきたよ』




































































































悪魔に盗まれた物を






























































































































取り返すためにチバは















































































チバはおれらを代表して































































悪魔(あいつ)に盗まれたままの物を






















取り返すために闇の奥までチバは


















































































ちょっと出掛けてった




































































































































※引用文献 『』内
ヘッセ 作 高橋健二 訳
「デミアン」より引用


自由詩 青い墓標 Copyright TAT 2024-01-28 15:06:32
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