終の犬 5。
たま

〔前回までのあらすじ〕
ペットショップで。一目惚れした。白い犬。彼=ダンスケ。
を。買い取った。年金詩人の。Kは。その後。彼の。養育
費を稼ぐために。海水浴場で働くことになった。


三月。海水浴場の仕事始めだった。午前六時に起床して。
Kは。彼=ダンスケ。と。散歩する。まだ。日の出前だ。
Kも。眠いが。彼も。眠い。仕事は。九時からだが。通
勤に一時間かかった。渋滞する街を。縦断しなければい
けない。のだ。午前中のトイレ掃除のあと。Kは。ビー
チのゴミ拾いをする。三月のビーチには。ゴミひとつ落
ちていない。嘘みたいにきれいだった。

四月。Kは。七一才になる。ゴミのないビーチは。また
一から出直せばいい。と。いう。この星からの。優しい
メッセージなのだ。と。Kは。思った。が。
この星のゴミは。すべて。人が排出したもの。なのだ。
ゴミがなかったら。人もいない。ことになる。夏からと
おく離れた。三月のビーチの。風は冷たい。Kは。波打
ち際に。立って。ふと。己の。余命を思う。八五まで生
きたとして。あと。一四年。か。長くはないけど。短い
とも思わない。七〇過ぎたら。余命は。オマケだ。一も。
二も。ない。オマケだけが。残された人生なのだ。
老いる。ことは。仕方ないけれど。塵みる。のは。嫌だ
と。Kは。思う。人は。いつか死んで。焼かれて骨にな
る。ゴミになるのは。死んだ後でいい。のだ。
生きているのに。塵みになるのは。老いる。ではなく。
塵みる。なのだ。そんな余命はいらない。しかし。だ。
ビーチのゴミにも。四季があるなんて。この星は。ほん
とうに優しい。と。Kは。泪して。久しぶりに。詩人に
なるのだった。

七月。海開きだ。Kは。忙しくなる。午前五時起床だ。
まさかこの歳になって。五時起床だなんて。Kは。畑仕
事も。創作も。夏休みにして。ただ。ひたすら。老いを
忘れて。働くのだった。彼=ダンスケ。のために。だ。
ところで。海水浴場のゴミは。見た目よりも。わずかに
重い。それは。真夏のビーチの。生ぬるい。臭気を放つ
汐と。一握の砂。に。まみれたゴミばかりだったからだ。
ビーチの定番ともよべる。大小さまざまな。空き缶や。
ペットボトル。風と波に運ばれた。藻屑にからみついた。
ビニール袋や。角のないプラスチック片。四季を奪われ
て。居場所をなくした。淫らな不織布の。白いマスク。
わがもの顔の。シガレットの。吸い殻。わすれものかも
しれない。ビーチサンダルや。水中メガネ。なにを掴ん
だのか。それが気になる。使い捨てのポリエチレン手袋。
大人が捨てた。花火の燃え殻。一セット。口を固く閉ざ
して。中身を語らない。空き瓶。つい見逃してしまう。
お洒落なストローも。例外なく。りっぱなゴミになる。
赤や青の。カラフルな輪ゴムも。またおなじだ。

八月。彼=ダンスケ。は。四才になった。まだ。老いる。
ことも。塵みる。ことも知らなかった。が。寝不足の。
Kは。仕事から帰ると。ごろんと転がって。昼寝するの
だった。Kは。観葉植物が好きだ。四〇年も育てた。木
もあった。この夏。その木に初めて。花が咲いたのだ。
嘘みたいに。きれいな花が。
七〇年も。生きたのだから。じぶんも。きっと。花が咲
くはず。それが。オマケのような花でも。かまわない。
きっと。咲くのだ。と。Kは。思った。




           





自由詩 終の犬 5。 Copyright たま 2024-01-23 11:04:11
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