歌謡
形代 律

古書店に入ると
老夫婦が内田百閒の日記について
話を交わしていた

百閒先生は
なして小倉については何も
書いちょらんのかねえ と

うねる波の発音に
懐かしい歌謡を聞き分けた

海と近い地には 海の歌謡が
山と近い地には 山の歌謡が
雪の深い地には 雪の歌謡が
暮らすひとの奥深くに記譜されている

標準 という定義は
時間をかけて耳の壊れたひとの
破損した倨傲だが

わたしの耳も
壊れて久しい
いまは 他人の声で喋っている

生家では
母と妹が
談笑していた

ふたりとも 
おなじ歌謡を波うたせて


自由詩 歌謡 Copyright 形代 律 2024-01-11 22:45:02
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