金魚玉
リリー

 「どうしたのさ?それ。」

 厨の上部の隅
 かけてあった梯子を床から上げる
 おゆうの さぐり目が
 三畳間の小窓
 竹表皮も渋くなった簾の軒へ注がれて

 「弱っているからって。お嬢様がくださったのよ。」
 それきり はにかみ黙る飯炊きおりん

 「そおなの…。その鉢は、どうしたのさ?」
 「金魚、陶器鉢へ移したから。手代の清助さんが一つくれたのよ。」
 「ふう…ん。清助さんがねえ。」

  ようよう十二になる おりんの髷へ顔向けていた
  小さな和金、
  吊るされるビイドロの小鉢で
  身ひるがえし

 それ以上 なにも聞かず
 僅かに眉ひそめる鼻声の彼女 を
 古畳、床下から突き上げる
 おきねさんの いつも忙しない剣のある声が呼ぶのだ

 「あたし、また何かやらかしたかね?」

 薄ら明るい笑み交わす ふたり
 「一緒に降りるわ。」

 八ツ時まだ陽高く 近江屋の縁側で庭師の枝切り鋏が鳴っている。




 注1)金魚玉=江戸時代後期、高価だった金魚が武士の副業で価格下がり町人の間でもブームになる。竹棒でつっかえ軒に吊るす観賞用の小さな硝子鉢が、風流で金魚売りから買い求めた。

 注2)厨の上部の隅=豪商の屋敷の女中部屋。台所の上に見張り台の様に、今で言うツリーハウスで梯子を掛け上り降りした。

 注3)八ツ時=十四時のこと。

 


自由詩 金魚玉 Copyright リリー 2024-01-08 13:23:13
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