私のための祈り
佐々宝砂

これは私のための祈りであって、あなたのためのものではない。

山を歩く。桐の花がそろそろ終わりで、空色だった花は汚れた茶色に変わっている。そのかわり茨が満開だ。真っ白な花は鮮やかな美しさを持たないが、つよい芳香をあたりにまき散らす。芳香に誘われて虫がやってくる。花虻、蝿、ジガバチ、ガガンボ、けして愛らしいとは言えない虫たち。その虫を食べようとして、カナヘビが地べたに待ちかまえている。

私はたぶん、なにもかもが好きなのだ。それは確かなことだ。私は桐の花も茨も虻もカナヘビも好きだ。その群に、私はあなたを含めよう、あなたの悪意と、あなたの悲しみと、あなたの小さな自我を。

川岸を歩く。真っ黒になったカラスノエンドウのさや。種をはじき飛ばしてすっかりカラになったアブラナ。せわしなく水面をつつくカワウ。珍しく亀が集団で岸にいる、なんだろうと思ってそばに寄ると、そこには鯉の死骸があった。そういえばこの亀は肉食なのだと私は思い出す。

私は私を愛せるだろうか、私はこの群に交じれるのだろうか、実はそれがいちばん困難なことだという気がする。

しかしとにもかくにも私はすべてが好きだ、そのように決めたのだから。土手沿いに捨てられた不法廃棄物の山がくすぶっている、その悪臭さえ、私は愛すると決めたのだから。

さよならを言う権利さえ、私にはないのだ。


自由詩 私のための祈り Copyright 佐々宝砂 2005-05-17 03:55:17
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