よろしく候
46U
さて 一度だけふり返り
降りたばかりの船を見る
木犀の香が夜に水脈をひく
徒花とは呼びたくない
旅の仲間が好んでた
南洋の煙草が髪に残る
裏町の匂いだと笑ってた
襟の正しい友を思う
君と 君と君を 置き去りに
ひとり 降りたことは悔やむまい
そろそろヨーソロ 蹌踉と
水際を踏む 足を取られつつ
船乗りたちの挨拶の
ヨーソロってなんだろうと
額をよせあってスマホいじる
幸福な無名時代
「よろしく候の意味だって」
「ウソだろ」「マジで載ってる」って
そんなことで腹を抱えて笑う
幸福な船を降りた
秋の夜を 沖へと去る
君と 君と君の船
よろしく候と声に出せば
初めて永訣を識る
幸福な船を降りた