12月のカーテンコール
平井容子
1.憎しみ
北風だ
なつかしい火事の気配だ
黒いタートルネックから青白い首筋がのぞいて
発情した外套の群れに咬まれた
くだらなくもただしい鳥獣戯画
ただし朝にはいつものコーヒーを
「出社時刻となりました。ただちにトーストを犠牲にして立ち上がる万感の戦士の出で立ちでそこに直れ。」
そのとき、そのあさ、いつも、なんどきも
(ぼくら)マスタードを尾に塗られた毛のない犬のように
走っていくしかないのだった
2.産湯の記憶
キャンドルを灯し
くぐったダブル・ドアズ
肌は朽ち
歯は抜け
やがておわりがきて
もう泳げないというときも
その手のやわらかさだけ再生した
伝え残したことがあるとすれば
この悲しみも今世あなたがくれた
かけがえのない星でした
3.13月の魚たち
鍋のなかでむつこくなっている
あなたを覚えている
皿のうえで懐かしめるほどには
あなたを覚えていた
忘れないよと誓ったことから
角を失っていくのはなぜなのか
確実に減っていく涙の機会を
なぜ数えてしまうのか
泳いでいったんだね
(わたしたち)鱗のない風になってあなたの服を脱がす
あなたを抱いて眠る
それだけのために
4.祈り
目が冷めたらすべてが終わっています
再起動してください
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