縁(えにし)
涙(ルイ)
保育園に通っていた頃
クラスのある女子から 毎日つねられてて
ひとは笑いながら意地の悪いことをすると教えられた
好きだった男の子からは
思えば思われるというのは嘘っぱちだと教えられた
年中さんのときの先生からは
大人はその日の気分で生きてることを教えられた
小2のとき 扁桃腺の手術で入院したとき
同室の患者に感じの悪い女がひとりいて
なんであんなにもあたしにつっかかってきたのか
いまもって 不思議で仕方がないのだけど
術前の深夜0時に水を飲ませにくるはずの看護婦は
とうとう朝になってもやってこなかった
はじめての手術で緊張して一睡もできなかったのに
その看護婦は平気で嘘をついた
子どもなら騙せるとでも思っていたのか
ああいう看護婦が 後に医療ミスとか引き起こすんだろう
その時はわからなかったけれど
小4のときの担任には あたしとおんなじてんびん座っていう
ただそれだけの理由で なぜだか親近感が湧いてきて
卒業するまで誕生日プレゼントを贈っていた
このころから ひとに何かあげるのが
何をあげたらいいかと 考えるのが好きだった
卒業するときに頂いたものは
つい最近まで 大事にとっていた
ともだち そのときそのときで遊ぶともだちはいた
でもいま考えると 仲がよかったのかはわからない
班を作るとき あたしはその娘の名を書いたが
その娘はあたしの名を書いてはくれなかった
ともだち だと思っていたのは
あたしだけだった
いまでは考えられないかもしれないが
昔はけっこう体育会系の先生がいた
朝礼のときに 速やかに列に並ばなかったとか
あいさつする返事が小さいとか
一部が掃除さぼって遊んでいたとか
そのたびに クラス全員にケツバットをお見舞いされた
その先生はそれでも 児童の人気が高かった
少しばかり えこひいきする傾向があったけれど
二人で登校していたところに 一緒に登校させてと
ちょっとだけともだちだった時期のある娘から云われて
別に行くところは一緒だし いいよって云ったんだけど
いっつもその娘に待たされてて
ある日保護者会でその娘の母親がうちの親に
お宅の娘さんにいつも待たされるってうちの娘が云ってました、って
いやいや、待たしてるのはそっちの方だから
もう一人が証明してくれたらよかったんだけど
その娘もグルだった
一緒になってあたしを悪者にしようとしていた
もう一緒に行くのはやめた
ちょうど親が別居して 越境通学することになったし
いいタイミングといえばいいタイミングだった
慣れない土地で最初に出会った八百屋のご夫婦
いつもやさしく声をかけてくださった
登校するバスを待っているときには会釈であいさつしたりして
近くにあった銭湯のおかみさん
いつも閉店間近までいたのに 嫌な顏ひとつせず
銭湯代をおまけしてくれたり 話を聞いてくれたり
銭湯よろしく とてもさっぱりして
とにかく豪快によく笑っていて
そんなおかみさんに何度も心を軽くしていただいた
和食レストランでバイトするようになって
そこの板さんがカッコよくて超タイプで
つかの間二人になりたくて
といっても 何かあるわけじゃないんだけど
いつも早く行って 店の準備をしたりしてた
こんなあたしにも ひとを好きだって思う感情があったことに
多少の驚きは隠しつつ
いろんなひとがいた
きつい云い方するひと
仕事は早いけどすごい大雑把なひと
何を考えてるのか よく解らないひと
ひとは多面で出来ているから
一面だけで判断してはいけないと
そこの店長が云っていたのを
いまでも覚えている
生きていれば 苦手なひとやキライなひとと
出逢うことは一度や二度のことではない
なにが気に食わないのか
女子社員の中で あたしひとりを目の敵にしていた男性社員とか
ミスしたことを あたし本人にではなく
わざと他のひとを通して云ってきたり
一体あたしがあんたに何したんだよって思ったけど
他のひとにはそんなあたりしていないから
誰にも相談することも出来なくて
親切ぶって近寄ってきた同期の娘は
他の女子社員と一緒になって
給湯室であたしの悪口云ってた
あたしたちが残業までして必死こいて仕事してる横で
腕組みしながら どうでもいい話を繰り返して
残業代もらおうとしているずる賢いひとには
到底敵いっこありませんよ
誰も気づいていないのか
仕事ないなら帰れ、とも
タイムカード押してきな、とも
何も云わなかったし
嫌われないひとって得だよね
メンタルやられて会社辞めて
ひとづてに聞いたら
そのあと 続々とみんな辞めていったらしく
ずる賢いその娘だけはいまも残ってるんだとか
そりゃ 仕事しなくていいんだもの
こんな楽な会社 辞めるわけなんかないよね
自称絵描きだという躁鬱の男は超がつくほどの電話魔で
朝起きて夜寝るまで 何度となく電話してきてた
作業所通ってたときなんか
終わって帰ろうと靴を履きかけたところに電話が鳴って
若干の恐怖すら感じたほどで
だけど ある日パッタリ電話が来なくなった
もうひとり 日本画を描いているという女性と
時々ごはんに行ったりする仲になって
会えばいつも楽しく話していたはずだし
気取りがなくさっぱりした性格のひとで
あたしが入院したときには
わざわざ面会にも来てくれた
今度とんかつでも食べに行きましょうって約束して
約束して 連絡してみたら既読がつかない
なんでいっつもこうなのかな
縁切りのハサミを持ってるのは
なんでいっつも相手の方なの
なんで相手にばっかり決定権があるの
権限を持ってるの
あたしが何かしたってことなのかな
何にも気づかないで へらへら笑ってたってことなのかな
ひとことくらい 何か云ってくれたらよかったのに
さよならさえ云わないで
去ってゆくなんてひどいよ
あたしがひどいことしてたっていうことなのか
いま 仲良くしてる友人がひとりいる
奇跡的にその娘とは長く続いている
いつもベッタリしている関係ではなく
月に1度 ごはんに行ったり映画観たり
ほどよい距離感で付き合ってくれてる
とあたしは勝手にそう思ってる
保育園のときから中学までずっと一緒だったあいつ
みんな変わってしまったのに
あいつだけは変わらなかった
変わらずにあたしをよくからかってきたけど
何故かそんなに嫌な気はしなかった
あいつのこと 悪く云うひともいたけど
あいつは いい奴だったよ
シャイだから つい口が悪くなってしまうだけ
あいつ 今ごろどうしているかな
結婚して子どももいたりして
仕事は何してるのかな
いい人生送ってるかな 送ってたらいいな
なんて とりとめもないことを
眠れない夜なんかに記憶から引っ張り出しては
心の中で あの頃はありがとうって
つぶやいたりなんかして
とんだお笑い草でしょ
鬼すらも笑わないような
笑えない笑い話