The Essential Clash
ホロウ・シカエルボク
眼球を失った蛇たちが寿命を使い果たし住宅地の外れの冗談みたいに小さな公園の砂場に積み上げられていた、冷たく絡まり合った生体のピラミッド、その頂上には神などひとりも居はしなかった、シンパシー・フォー・ザ・デビルがループサウンドのようなアレンジで脳内で再生され続ける午後、ミッシェル・ポルナレフのサングラスをかけた女の脳漿が散弾銃で吹っ飛んでは雨のように降り注いだ、そいつは集められて防腐処理を施されとあるレストランのウィンドウのトマトソースのサンプルになった、サングラスの破片がカリカリに焼けたベーコンみたいになっていて不思議なほどしっくりくることって時にはあるものだと、ギャビン・ライアルの小説を終える頃には夕焼けが近くなっていた、だから鞄に忍ばせておいたさっきの脳漿を取り出して公園の植え込みに埋葬した、もちろんそこから女が生えてきたりはしなかった、もしも生えてきたら持ち帰るつもりだったけれど―蛇たちのピラミッドはその頃には溶け始めていた、それなのになんの臭いもしないことが不思議だった、もしかしたら彼らに眼球が無かったせいなのかもしれない、ああ、昨日河原で見たハクビシンのような生きものの死骸…一直線に伸びたまま死後硬直して、まだ死に続けているみたいに目と歯を剥き出しにして蠅にたかられていた、あいつからは猛烈な臭いがしていた、猛烈な…手に持ったままだった小説をピラミッドのそばに捨てた、それが蛇の好みにあうものかどうかわからなかったけれど―隣街の辺りでサイレンが鳴り響いた、十六歳の少女がマッシュポテトに埋もれて死んだらしいって商店街で噂になっていた、なんとも熱そうだし苦しそうな話だ、喉を塞がれて死ぬなんてまっぴらだな、痛くも苦しくもない病気で寝ている間にこの世からおさらばしたい、もしも死に方を選べるとしたらって話だけどね、別にいま死にたいなんて話じゃない、強欲だから死を望んだりはしないのさ、二度死にかけてからは余計にその傾向が強くなった、ゴタゴタ言っても死ぬときは死ぬんだろうけど…死に囚われるのは人生に隙が多過ぎるからだ、様々な物事にテーマを持っていればそんな気分になることはない、缶コーヒーを飲み干したら底に隠れていた女とディープキスをする羽目になった、女は缶から這いだしてきて少しはにかんだ後、昔のお嬢さまみたいな走り方でどこかへ行ってしまった、缶コーヒーから生まれてきた女のその後に興味が無いと言えば噓になるけどさっき飲んだものがまだ胃に下りてもいないうちから走って追いかけたいほどではなかった、縁は生まれているのだからまたどこかで会うこともあるのかもしれない、腹はまだ減っていなかったけれど夕食を済ませておこうという気分になって、さっきの脳漿サンプルの店に出向いてみた、メニューに書かれた文字は奇妙に歪んでいてまったく理解出来なかった、そんな現実は俺をイライラさせた、イライラしている間にウェイトレスがやって来た、さっき缶コーヒーから出てきた女だった、生まれてすぐに働くなんて日本人の鏡だね―メニューのことで俺が文句を言うと女はトレイに乗せていたブローニングで俺の左腕を撃ち抜いた、なんてことしやがる、文句を言いながら狙いをつける女の眉間をテーブルの上のフォークで突き刺した、ほ、と、無意味な音を漏らしながら女は前のめりに倒れた、綺麗にうつ伏せに倒れたのでフォークが完全に頭部に隠れてしまった、周りの客や他の店員が淡々と救急車や警察の手配をし、最初に仕掛けたのは女の方だと証言をしてくれた、凶器が見つからなかったこともあり俺は数時間の拘束ののち解放された、帰る頃にはすでに腹ペコになっていたが取調室でかつ丼は出なかった、刑事に聞くとあれはフィクションなんだよとなぜか凄く嬉しそうに教えてくれた、賄賂に当たる行為で違反なのだそうだ、こちらとしては腹を膨らませたかっただけだったのだが…帰り道で丼の店に入ってかつ丼の大盛りを食べた、ワンオペの若い男はうまく仕事をこなしていたが両耳から血を吹き出していた、しかし立派なものでそれが商品にかかることは決してなかった、俺はリスペクトを込めてごちそうさまと言った、その途端に店員の頭は昔のホラー映画みたいにスパーンと弾けた、俺は首を横に振りながら店を出た、頭が死因という景色の多い日だ…すでに日は暮れていた、午後あったことなどすっかり忘れて缶コーヒーを飲んだ、覚えのある感触が唇に触れ、缶の中から女が這いだして来た、今度はどこにも逃げて行かなかった、だから連れて帰って、まるで昔から恋人同士だったかのように暮らした、とてもいい女だった、後頭部にフォークの先端が少しはみ出していること以外は、深夜のラジオはマイケル・ボルトンの「男が女を愛するとき」を流していた、俺はハンマーで原形がなくなるまでラジオをぶち壊した。