……とある蛙さんへの手紙
服部 剛


──献杯の酒を飲む夜に

  * * * 

高校三年生の頃、僕は恋をしていた
あんなにも好きだった娘(こ)に
教室で話しかけることもできず
震えながら・・・告白しようとした
夏休み前のあの日
金色の時計を
川に投げ棄てた

社会に出たばかりの頃、僕はでくのぼうだった
どうしても合わない上司がいて
悔し涙の日々を過ごした 
退職後に古巣の職場を訪ねた僕と
ダウン症児の息子を見つけるやいなや
彼は駆けつけ、しゃがみ 
なぜか息子に優しいまなざしをそそいだ 

そんな息子と妻との
笑いと涙のおもしろくるしい物語の日々に
ほんのひと息、妻が出かけた夜
トイレ介助をしようとすれば
あまりに無垢な笑顔で両腕ひろげ
息子は僕にはぐをする 

蛙さん

僕は思春期に失恋という名の挫折をして
〝詩〟という夢を手に入れました
僕はでくのぼうになってから
人の傷みと哀しみを、知りました 
そうして今も染色体の一本多い息子に
凸凹親父のこの僕が、育てられているのです 

蛙さん

あなたは人の世の闇を視て 
自分の内には影を視て 
やるせなさを
ひと時忘れる酒を飲み 
無数の〝詩〟を、語り残して
この世を去ってゆきました 

僕が司会をしていた 
『ぽえとりー劇場』の朗読会で 
あの夜
愛する妻への言葉にならない想いを読んで
涙を流していましたね

僕の息子に障がいがあると知ってから
さりげなくかけてくれた言葉は
今も胸の内に小さな火となり・・・灯っています

蛙さん

あなたが旅立った後の世界で
不安を数えればきりがないまま 
僕等は歩いてゆくでしょう

それでも 
詩人のあなたの存在を通して
哀しみはたんに哀しみではなく 
やがて
一は+に変えられてゆくでしょう

あなたが世を去る、三日前
蛙などいるはずのない東京都内の駐車場で 
蛙の姿になって会いに来てくれましたね

あなたが世を去る、前夜には 
僕が息子を寝かせた布団の傍らで
ピアノの玩具の鍵盤の単音を
目に見えない指で
幾度も
鳴らしましたね 

――いつまでも心に響く鐘のように

詩人のあなたから
僕への
熱い伝言、
確かに
受けとりました
空の
上で
一杯やりながら
観ていてください 

蛙さん

今夜の朗読会には
あなたが大好きな皆が集い 
とわなるとものあなたは 
無数の蛙たちになり
僕等の胸に宿るでしょう

僕等のなかにいる 
蛙たちは 

四つん這いになり
じっと エネルギーを貯めています

それぞれの明日へ
ぴょん

跳躍するために










自由詩 ……とある蛙さんへの手紙 Copyright 服部 剛 2023-11-01 00:41:50
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