ダムは今もゆたかな孤独をたたえ
菊西 夕座


あなたと見た県境のダムはゆたかな思い出をたたえ
ときをへて今もわたしのもとに春の潤いをとどけてくれる
ふたりでダムのうえを歩いて堤体の縁をなぞり
底にしまわれた互いの想いを胸にだきいれたあの日

垂直に立ちはだかる巨大なL字のコンクリートは
ふたりがときをかけて築いた自慢の防壁であり
ささいなことではやぶれない信頼の情をたかめて
はかなくあやうい人間存在をも強固にしてくれる

ダムを見おろす展望台まで手をとりあってのぼり
ときにかなしみでくずれるわたしたちの傷口のような
山肌につらなるむきだしの土砂をしずかに眺めた

それからふたりの未来にそそがれるはるかな川筋が
いまとおなじく一つになってながれている景色を眺め
水こそ浅かったそのダムにわたしたちは孤独を沈めた


自由詩 ダムは今もゆたかな孤独をたたえ Copyright 菊西 夕座 2023-10-09 23:33:16
notebook Home