ウサギと鍵と橋に関する断章
佐々宝砂

ウサギは窓辺で静かに眠っている。ゆっくり上下するので息をしているのがどうにかわかる。死にかけたウサギをそのままに私は玄関の鍵を閉めてでかける。すこし歩いて橋を渡ればそこはウサギはおろか蟻一匹生きてはいない煉獄だ。ウサギよ、私を追うな。静かに息をしていてくれ。

なくした鍵を必死になって探した。部屋の中にはなかったので外に出て橋を渡って探したが見つからず家に戻ってたたきをみたら、ふいと足元に落ちていた。よかった、と思って部屋に戻り、ウサギの鍵穴にさしこむ。ピープ音がしてウサギはひょこひょこと動き出した。

ウサギを見ませんでしたか。橋姫に問うと鍵を渡された。どこの鍵。橋の鍵ではないと言われた。そうだろう橋に鍵はいらない、と思ったら、橋のたもとの小さな水栓に鍵穴があった。これか、と鍵を挿すと流れだしたものがウサギに変じた。橋姫を見ませんでしたかとウサギは問うた。

その海辺の町に橋はない。広い河を越えるすべはない。河岸で広い広い河口を見ていたら一匹のウサギが流れていった。どこまでゆくのだろう。海までゆくのか。海を越えて橋のある遠い町までゆくのか。私は思い立ってもう必要のない鍵を投げた。ウサギと一緒に流れるがいい。

ウサギの所有は禁じられています。役人の表情は硬い。そこをなんとか、と迫るが埒があかない。窓口でいきりたつ私に順番待ちをしていた女が鍵をくれた。これはウサギを所有できる街に行ける鍵です。それから私はいくつの橋を渡ったか。まだその街には着かない。








自由詩 ウサギと鍵と橋に関する断章 Copyright 佐々宝砂 2023-10-09 10:11:19
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